自己紹介

「ところで。名前を聞きたい」

「え、あ! ごめん!」


 名前! そうだ完全に忘れてた!


「私は、藤森彩希(ふじもりさき)。彩希でいいよ」

「サキ。よろしく」

「うん。よろしく」


『この子さらっと本名出したけどええんか?』

『良くも悪くも有名な子だから今更だよ』


 テトちゃんが手を差し出してきたから、握手をしておく。わ、すごく柔らかい。


「じゃあ、サキ。依頼がある」

「えっと……。なにかな。私にできてテトちゃんができないことってないと思うんだけど」

「サキの家に居候させてほしい」

「なんて?」


『どうしてそうなるんですかねえ』

『そういえばこの子、異世界に行きたいっていうのが願いでしたね』


 あ、そっか。テトちゃんの目的は、自分のことを知らない世界に行くこと、だったね。だから日本に来て暮らしたいっていうことなんだと思うけど……。


「どうして私の家なの?」

「サキなら信用できそうだから。あと……」

「あと?」

「ダンジョンマスターが、そろそろいいだろうと呼んだのがサキだった」


 いや、呼ばれたことなんてないけど。私はここに転移の罠で飛ばされてきただけ……。

 まさか。


「事情を説明して連れてくると思っていた。まさか転移の罠で、しかも最下層に適当に飛ばしてくるとは思わなかった」

「やっぱりそういうことなの!?」


『話題になってるから配信見に来たんだけど、どういうこと?』

『説明しよう! この子は一階層に突然現れた転移の罠で最下層に落ちたぞ!』

『一階層に転移の罠なんてあるわけないだろうがいい加減にしろ!』

『つまりはそういうことですねwww』


 あの転移の罠はダンジョンマスターというのが用意したものらしい。そのダンジョンマスターはどうして私を選んだんだろう。もっと信用できる人がいると思うんだけど。


「えっと……。外で、政府の人とか、偉い人にお願いしたら……」

「せいふの人がどんな人かは分からないけど、日本に魔法はないと聞いた。私の魔法はろくなことにならない気がする」

「待って。もしかしてテトちゃんの魔法って、ダンジョンの外でも使えるの!?」

「使える」


『マジでか!?』

『やばいぞ革命が起きるぞ!』


 ダンジョンで得たスキルはダンジョンの中でしか使えない。私たちが使う魔法もダンジョン限定のものだったんだけど、テトちゃんの魔法は全然違うものらしい。

 それは政府の人は放っておかないっていうのは私でも分かる。でも、それならなおさら、私の手には負えない。


「ごめん、テトちゃん。私だとやっぱり……」

「サキは目的があってダンジョンに潜っている。違う?」

「……っ!」


 違わない。合ってる。私は他の人たちと違って、お金が欲しくてダンジョンに潜ってるわけじゃない。私の目的は、ダンジョンの隅々まで回る必要がある。

 もしくは、願いを叶えてくれるらしいダンジョンのクリアか。


「私の魔法はサキの目的に役に立つ。サキになら、教えてあげてもいい」

「それは……」

「他の人に教えられないように契約は結ばせてもらう。代わりに、変な人から守ってあげる。えっと……。うぃんうぃん? のかんけい? どう?」


 それは、とても魅力的だ。私は、未だに一階層ですら満足に探索できてないから。テトちゃんに魔法を教えてもらったら、最下層とはいかなくても、もっと広く探索できるかも。


「サキ……」

「う……」

「お願い。一人きりはもう嫌だ。助けて」


 上目遣いにそう言われて、私は結局頷いてしまった。

 だって、テトちゃんが助けを求めていたのは本当だって分かってしまったから。一人でずっとここにいるなんて、寂しくてたまらないと思うから。


『つまり、どういうこと?』

『異世界の魔女が日本に来るってことさ!』

『祭りだあああ!』

『ところでサキちゃん。視聴者数気付いてる?』


「え?」


 ちょっとごめんね、とテトちゃんに断って、スマホを開いてみる。配信画面はスマホでしか見れないから……。ちなみにコメントはいくつかが自動音声で耳に届くようになってる。


「え、なにこれ……。なにこれ!?」


 五十万ってどういうこと!? 私の配信なんて、百人もいけばいい方なのに! その百人も、私が女の子だから見てくれてるようなものだったのに!


『冷静に考えようかサキちゃん』

『一階層の転移の罠で最下層に落ちて、異世界の魔女に接触して、さらにはその魔女と話をして……。これで話題にならないわけがないだろ?』

『なんでお前なんかがそんな経験してるんだよふざけんな』


 そうだ、そうだよ。そんな話題を聞いたら、私でもその配信を探してると思う。そして多分これは日本だけじゃなくて、世界で。世界中の人に見られてるかもしれない……!


「あわ、あわわ、あわわわわ」

「さ、サキ? どうした? 大丈夫?」


『サキちゃんがあまりの現実にバグってしまわれた』

『尊い犠牲だったよ……』

『わけがわからずおろおろするテトちゃんがとってもかわいいです』

『テトちゃんはかわいいなあ……ぐへへ……』

『お前ら落ち着けwww』


 そ、そうだ。落ち着こう。たくさんの人に見られてるけど、気にしても仕方ない。ダンジョンを出てから色々ありそうだけど。そう、今考えても仕方ないよね! 間違いない!


「よ、よし! テトちゃん! じゃあ、出ようか!」

「う、うん。え? 大丈夫?」

「余裕余裕! お姉さんに任せなさい!」

「…………」


『テトちゃんの目がwww』

『めちゃくちゃ胡乱げな目になってるw』

『いやこれは単純に心配してるだけでは?』


 忘れ物は、ない。いやろくに持ち物なんてないからいいんだけど。大丈夫、スマホも、私が持ってる唯一の武器の木の杖もある。大丈夫。


「ところでサキ。一つ訂正したい」

「なにかな!?」

「私、エルフ。三百年ほど生きてる」

「…………。あ、はい」


『エルフ!? エルフってマジですか!?』

『リアルエルフきたあああ!』

『えるふ! えるふ!』


 とりあえず視聴者さんは黙ってほしい。うるさいから。

 エルフ。三百歳。ちょっと信じられないけど、でも言われてみれば気付くべきだったかも。

 テトちゃんの願いでダンジョンは日本に出現した。そしてそれは、十年前。つまりテトちゃんはここで十年、過ごしたということ。でもテトちゃんの見た目は、どう見ても十歳ぐらいの見た目だ。少なくとも見た目の年齢ではないってことだね。

 うん。エルフ。大丈夫。私は現実を受け止めてる。受け止めてるよ。あはは。

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