日本のダンジョン事情


 日本にダンジョンが出現したのは、今から十年ほど前。都市のど真ん中に突然現れた大きな縦穴。交差点に突然縦穴ができたせいで、かなりのパニックになったと聞いてる。

 たくさんの車が縦穴に落ちて、そして乗った人も含めて誰も帰ってこなかった。

 最初は崩落事故か何かだとみんな思ったみたいだけど、一時間後にはたくさんの魔物があふれ出してきた。魔物は近くの人を次々に襲って、少なくない犠牲が出た。


 自衛隊が出動した時には、魔物たちは縦穴に勝手に帰っていっていて、結局縦穴に誰も近づかないようにするだけで終わってしまった。

 その後、縦穴の調査で何人かの人が下りていったけど、誰も帰ってこなかったらしい。

 そして、縦穴出現の一週間後に、その不思議なことは起こった。


『親愛なる地球人類の皆様。とある島にダンジョンを開通させましたことをお知らせいたします。ダンジョンをクリアした暁には、どのような願いも私が叶えてさしあげましょう。ダンジョンのルールは後ほどお知らせいたします。皆様のご参加、お待ちしております』


 そんな声が、日本だけじゃなく全世界の人類に聞こえたらしい。

 この声については、私も聞いてる。まだ小さかったからうろ覚えだけど。

 そこからはもう、世界中で大騒ぎだ。縦穴や魔物は世界規模でニュースになっていたから、このダンジョンが日本の縦穴のことだろうというのは分かっていたけど、利権とかそういったことであわや戦争というところまでいった、らしい。

 でも、そもそもとして、未だ誰もクリアできていないこと、何があるか分からないこと、そして何よりも日本の領土に出ていることから、日本主導での管理ということになってる。


 ルールは、ダンジョンに近づくと自然と理解できるようになっていた。頭に知識を入れられるみたいな、そんな感じ。

 よくあるロールプレイングゲームみたいになってる。ただしレベルとかはなくて、スキルがメイン。スキルは訓練でいろんなものを得ることができる。人によって適性はあるけど。

 あとは、ダンジョンの中にある宝箱の中身は自由に持ち帰って大丈夫。最近だとこれを手に入れて売るのが目的の人が多い。そういったアイテムはギルドという国有企業が買い取って、そして他企業に公平に売っていくというシステムになってる。

 そういった売るためのアイテムを探してダンジョンに潜る人を、今では探索者と呼んでる。




「私もその探索者の一人。一応、だけど」


 この国でのダンジョンがどういう扱いなのか聞かれたので、テトちゃんに説明した。視聴者さんからも適時注釈があったのを伝えたから、とりあえずは大丈夫なはず。

 全て聞き終えたテトちゃんは、頭痛を堪えるように頭を抱えていた。


「あの……。テトちゃん?」

「ん……。大丈夫。説明にはなかったけど、それはなに?」


 テトちゃんが指さすのは、私の側を今も飛んでる小さいドローンだ。こぶし大ぐらいの大きさで、世界中の企業が協力して開発した、新たなエネルギー、魔力で動くドローン。

 この魔力というエネルギーはとても便利だけど、ダンジョンかその周囲でしか使えない不思議なエネルギーだ。たくさんの研究者が調べてるけど、未だに仕組みが分からないらしい。


「これは、ドローン。カメラになっていて、ダンジョンの外の人に映像と声を届けてるんだ」

「おお。じゃあ、今も繋がっている?」

「うん」


 私が頷くと、テトちゃんは突然頭を下げた。勢いよく。


「ごめんなさい」

「え。え? なに? どうしたの?」

「日本の謝罪は頭を下げるで合っている?」

「合ってるけど! 合ってるけど何がどういうこと!?」

「うん……。ダンジョンの出現は、多分私が原因」

「え?」


『え』

『まさか、犯人とか? あの声の主とか?』


 もしそうなら。私は、この子を……。


「正確に言うと、私が異世界に行きたいと願った結果、そっちに繋がったらしい」


 テトちゃんが言うには。テトちゃんは自分の世界で嫌なことがあったみたいで、自分を知らない世界に行きたくてダンジョンに潜ったらしい。そうして最深層、つまりここにたどり着いて、異世界に行きたいとダンジョンマスターというのに願ったんだって。

 その結果、ダンジョンは日本に繋がった。繋がっただけ。テトちゃんは勝手に行けと言われたらしい。


「ええ……」


『これはひどいwww』

『願いを叶える(ちゃんと叶えるとは言ってない)』

『クソダンジョンじゃねえか!』


 これは、うん。テトちゃんが原因と言えなくもないけど、さすがにこれで責めるのは違うかなと思う。まさかテトちゃんも、いきなり異世界の街に穴が空くとは思わなかったらしいし。


「さすがにいきなり行けと言われても困る、言葉すら分からないと文句を言った」

「うん」

「この生活空間ができた」

「…………」


『どういうことだってばよwww』

『原因って聞いて殺意がわいたけど、今は逆に同情してる俺がいる』

『ダンジョンマスターさん適当すぎん?』


 テトちゃんが立ち上がって本棚の方に歩いて行く。そうして持ってきてくれた本は、なるほどと理解できるもの……いややっぱり理解したくない。


『絵本www』

『ひらがなの練習帳とかあるぞw』

『よく見たら棚の上にラジカセとかあるw 聞き取り用かw』

『ラジカセとか最近の子は絶対知らないぞw』

『てかダンジョンの知識を直接ぶち込むとかできるくせに、なんでこっちは自習なんだw』


 つまりテトちゃんは、ここで一から日本語を勉強したらしい。


「でもこれはサービスだって言われた。異世界の道を作るまでが私の願いを叶える範囲で、言葉も文字もサービスだから最低限だって」

「いや普通はそこも含めてじゃないかなあ!?」


『せめて直接転移とかさせてやれよと言いたいw』

『これつまり、自分でダンジョンをまた上っていけとも言われてるんだよな』

『鬼畜すぎるwww』


 願いを叶えてくれるらしいダンジョンマスターがすごくうさんくさく思えてくる話だったよ。

 こほん、とテトちゃんが咳払いをした。私も姿勢を正す。改めて、とテトちゃんが頭を下げた。


「とにかく。私が原因の一端だから、謝罪したい。ごめんなさい」

「あ、うん……。でも正直、私に言われても困るっていうか……」


 私よりも大変だった人はたくさんいるから。そもそもとして、当時の私はこの都市に住んでいたわけじゃなかったから、あまり関係なかったし。

 他の人に言うべきだとは思うけど、きっとテトちゃんを責める人はたくさん出てくると思う。でも、それはかわいそうだなと思う。だってテトちゃんも想像してなかったことだろうから。

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