最弱魔女の成り上がり配信 ~ダンジョンの罠で落ちた先にいたのは異世界の魔女でした。魔女に弟子入りしてダンジョンクリアを目指します~

龍翠

プロローグ


 いつも通りの配信。そのはずだった。


「なんで……どうしてこんなことに……」


『泣かないで』

『いやマジでこれ絶望的な状況では』


 私は週末にダンジョンに潜って配信をしてる。ドローンみたいに飛ぶカメラと一緒にダンジョンに入ったんだけど、一階層を歩いている時にないはずの魔法陣を踏んでしまった。

 地面に描かれている魔法陣はほとんどが罠で、いろんな効果がある。凶悪な罠だけど、一階層にはまず発生しないと言われていたのに、私は一階層でその罠を踏んでしまった。

 生じた効果は、転移。魔法陣の罠では当たり外れが大きいもの。運が良ければ上の階層に移動するだけ。運が悪ければ、下の階層へ。

 私が探索していたのは一階層。つまり下にしか飛ばされない。そして私の実力だと、一階層しか探索できない。


 それだけでも運が悪いのに、よりにもよって転移先は光がない真っ暗闇の場所だった。

 ダンジョンには明かりがある。でもこれは、その階層に最初に到達した人が、魔法の明かりを設置してくれているから。一度設置すれば、明かりはまず消えない仕組みになってる。

 逆に言えば、誰も到達していない階層は真っ暗闇ということで。つまり私が転移した先のこの階層は、誰も来たことがないということ。

 明かりがあれば、隠れていれば誰かが見つけて保護してくれる可能性があった。でも、ここはだめだ。誰も来てくれない。誰も助けてくれない。自分でどうにかするしかない。


「どうしよう……階段……どこ……」


『誰か救援要請出した?』

『出したけど未踏破階層の時点でな……。どこまで動いてくれるか……』

『しかも探索の役に立たない人を命がけで助けに行く人がいるかっていうとな』

『言葉を選べ馬鹿野郎』


 役に立たない。そうだ。その通りだ。私は、パーティを組んでも誰かの足を引っ張ることしかできてない。魔法を使えるけど、一階層の魔物をなんとか倒せる程度の魔法だ。飲み水ぐらいなら出せるけど、それは他の魔法使いもできることだから。

 そのせいで、私に与えられた二つ名はとても不名誉なものだった。

 最弱の魔女。それが、私。

 多分、こうなる前に私を辞めさせたかったんだろうな、とは思う。だからギルドの人もみんな冷たくしてたんだろうな、と思う。そう思いたい。

 ああ、だめだ。現実逃避してる。意味のないことを考えてる。


『身の程をわきまえなかったからだ』

『弱いのにダンジョンに潜り続けるから』

『アンチはカエレ!』

『この状況で批判できるとか人としてどうなんだよ』


 そう、だね。その通りだ。潜り続ける私が悪い。だからこれは、自業自得。

 それでも、ダンジョンで行方不明になった友達を、探したかったんだ。

 ああ、でも。うん。これで私が行方不明になってたら意味がないか。いや、配信はしてるから、魔物に殺されるのは見られるだろうから……。ああ、だめだ。涙が止まらない。いやだ。

 息を殺して、スマホの光を頼りに進んでいく。スマホの電池もいつまで保つか。

 ゆっくり進んで、そして突然広い部屋に出た。出てしまった。


「え……これ……」


 スマホの光で部屋を照らしてみる。小さな光だと奥まで分からないけど、とても広い部屋だ。広すぎるほどに。つまりここは。


「ボス部屋……!?」


『うそだろおい』

『ふぁーーーwww』

『未踏破階層のボスとか勝てるわけないぞ!』


 一定階層ごとにある、奥に進むためには絶対に通らないといけない部屋がこういう構造になってる。この広い部屋にはとても強い魔物が居座っていて、ボス部屋、ボスモンスターと呼ばれてる。

 一階層すら攻略できない私には縁のなかった部屋だ。だから、話でしか聞いたことがなくて、実際に見るのはこれが初めてで……。


『おいばかじっとするな』

『早く引き返せ、ボスが気付く前に!』

『気付かれたら絶対に逃げられない。間違いなく死ぬ。だから早く逃げろ!』


 ああ、そうだ。逃げないと。普通の魔物にすら勝てないのに、こんな階層のボスなんて……。

 そう思ったところで、部屋が唐突に明るくなった。それは、明かりとかそういうのじゃない。

 部屋の奥。ボスが、炎をまとっていた。炎をまとう巨大なドラゴン。西洋風のそのドラゴンは、じっと私を睨み付けていた。


『オワタ』

『さすがにだめかこれ』

『こういう配信見てるとたまにあるけど、この子の気持ちを思うと心が痛い』

『何か、言い残すことがあるなら、聞いておく。伝言でもいい』


 ああ……。みんなももう、諦めてる。私も、これはだめだと分かる。逃げられない。私が走り出した瞬間に殺される。それが、分かってしまう。


「パパとママに、ごめんなさいって……ありがとうって……」


『わかった』

『絶対伝える』

『でもできるだけがんばれ。生き残ってくれ』


「それは、無理だよ……」


 だって。


「腰、抜けちゃったから……」


『あー……』

『あんなドラゴン目の前にしたら、しゃーないか』

『何もできなくてごめん』


 ドラゴンが大きく口を開く。その口の中には炎が渦巻いてる。ゲームでいうところのブレスみたいなものかな。一瞬、だろうなあ……。


「死にたくない……」


『あかん心が痛い』

『ごめん無理もう見てられん』


 ドラゴンが、炎を、吐いた。


「だれか、たすけて……!」


「いいよ」


 そんな声が聞こえたかと思ったら、目の前に迫っていた炎が霧散した。


「え」

『え』

『なんだ?』


 そしてふわりと、私の目の前に、小さな女の子が降り立った。真っ黒なローブに長い銀髪の女の子。私に背を向けて、ドラゴンに相対してる。

 もしかして、助けに来てくれた探索者さんかな。でも、あのドラゴンはだめだ。どんな探索者さんも勝てるわけが……。


「ブラックホール」


 女の子がそう言った直後。小さな黒い球体が部屋の中央に現れて、あの大きなドラゴンはものすごい音とともに球体に吸い込まれてしまった。べきべきとか、ぐちゃぐちゃとか、ちょっと、グロテスク。

 そうして残ったのは、真っ暗な部屋。唯一の光源のスマホだと女の子があまり見えない。

 女の子が持っていた杖を掲げて、小さく何かを呟いた。すると、部屋どころか、階層全てが明るくなった。まるで壁とか天井の一部が光ってるみたいに。

 それをした女の子は、振り返って、私をじっと見つめてきた。


「大丈夫?」

「う、うん……」


『何者だこいつ』

『魔法詳しい人! さっきの魔法について!』

『一応専門家してます。見たことがありません』


 視聴者さんも知らない魔法。あんなドラゴンを一瞬で倒せるなら、それだけで有名になれると思うのに。


「ここは危険。こっちに来てほしい」

「あ、その、ごめんなさい……。腰が抜けちゃって……」

「わかった」


 女の子は頷くと、軽く杖を掲げた。すると私の体がふわっと浮いて……。なにこれ!?


「え、ちょ、な、こ……!?」


『落ち着けwww』

『でえじょうぶだ、俺らも混乱してる』

『人を浮かす魔法とか……あったっけ……?』

『聞いたこともねえよ!』


 女の子が歩き始めると、私もふわふわそれに勝手について行く。なんだかただの荷物になった気分……、いや待って。


「ど、どこに行くの!?」

「え? 奥だけど」

「ボス部屋の奥!?」

「ボス部屋? この広い部屋のこと? そうだよ」


『ちょ』

『さらに奥に進むとか正気かこの子!?』

『すぐに戻るべきだって!』


 私だってそう思う。命が助かるなら今すぐダンジョンを脱出したい。これ以上、下になんて行きたくない。


「あの! 私、帰りたいんです! お願いします!」

「大丈夫。帰してあげる。でも、私にも付き合ってほしい」

「役立たずですよ私! だから引き返しましょう!」

「大丈夫。ここ、最下層だから」

「え?」


 最下層? どこが? ここが? つまり……えっと……。どういうこと?

 私が混乱してる間に、女の子はボス部屋の反対側にたどり着いた。そこにあったのは、大きな両開きの扉。他のボス部屋と同じ構造だ。

 女の子がその扉を開ける。その扉の先にあったのは下に続く階段……ではなく。


「え、なにこれ」


 どう見ても居住空間だった。


『ええ……』

『ボス部屋の壁を一枚隔てた先は、誰かが生活してる場所でした』

『なあにこれえ……』


 私が聞きたい。

 居住空間といっても、日本のアパートの部屋とか、そんな感じじゃない。壁とか天井は洞窟のそれだけど、ソファやテーブル、本棚、ベッドなど、生活に必要なものは全てそろってる。テレビとか家電製品はないみたいだけど。

 部屋そのものはとても広くて学校の体育館ぐらい。居住スペースは部屋の片隅だけを使ってるみたい。部屋の中央には、大きな半透明の岩、クリスタルかな? そういうのがあった。

 部屋の反対側にも扉がある。もしかして、もっと下があるの?


「あっちの扉が気になる?」


 私の視線に気付いたのか、女の子が聞いてくる。頷くと、もったいぶることもなく教えてくれた。


「あの先は、私がいた世界に繋がってる。あっちからはまた上ることになる」

「私がいた世界……?」

「そう」


『つまり、どういうことだってばよ』

『もしかして、もしかするのでは!?』

『盛り上がってまいりました!』


 女の子が杖を軽く振ると、私はゆっくりとソファに下ろされた。女の子がその反対側のソファに座る。さらに女の子が杖を振ると、今度は水の入ったコップが目の前に現れた。

 なにこれ。本当に、なにこれ。


「改めて。私はテト。あなたたちが言うところの異世界の魔女」


 テトと名乗った女の子は、そう言って薄く微笑んだ、ような気がした。


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