第10話 バナナ姫VSヴァンパイア

 バナナ姫たち一行が転移門を通り抜けると、そこは将軍の執務室ではなく昼間のはずなのに真っ暗な部屋だった。


「え? なんで将軍の執務室じゃないんだ?」


 虎獣人のジュニアことアントニオ・ジェット・シンJr.が疑問の声を上げる。


「そりゃあ、強力魔法で教練場を半壊させるような剣呑な連中を将軍執務室に通したら、後片付けが大変であろうが。だから吾輩が転移門を移動させてもらったのである」


ビュウウウウウ


 闇の中から男の声がしたかと思うと突風がバナナたちの周りを通り過ぎる。


「うわあ!・・・・・・」


「どうした!」


「みんな大丈夫かい?」


「オレは大丈夫だ!」


「あっしも大丈夫でやんす」


「ヒヒヒヒヒーン」


ガガガ 


 精霊馬がいななき立ち上がったようだ。


どすん


 なにかが落っこちる音だ。


「いって〜、落っこって頭打ったじゃないすか!」


「その声はニックQ! 気がついたか!」


「アントニオ先輩! ここはどこっすか?」


「わからない。ラーテル城内のどこかだとは思うが」


「フハハハハハハハ!」


 わざとらしい高笑いが闇の中に響き渡る。


「誰だ!」


「吾輩はヴァンパイアのウラドラート・ドラクルである!」


「引きの強そうな名前だな」


「キミが魔王国からの助っ人なのかい?」


「いかにも。吾輩はパンツァー・ラーテル辺境伯を加勢するために魔王国から参上したのである。お前たち五人はラーテル辺境伯に挑むプリンセスと護衛どもであるな?」


「そうだ!」


「え? そう見えるのか?」


「そう見えると思うよ、ハニー」


「え? オイラいつのまにお姫さまの護衛になったんすか?」


「話がややこしくなるから、肉じゃがは黙るでやんす」


「肉じゃがって誰のことっすか? オイラはニックQっす」


「ニックQ、お前の新しいコードネームは肉じゃがで、俺の新しいコードネームはジュニアだ!」


「そうなんすか。わかったっす」


「なんて緊張感のない奴らだ」


「まったくである。お前たちは護衛失格である!」


「「なんだと!」」


「見るのである! お前たちの姫の身柄はこの吾輩が預かったのである!」


「「「「「な、なんだってー!」」」」」


「フフフ、恐れ入ったであるか!」


「でもこう暗くては、何も見えないでやんす!」


「わたしもだ」


「え? 見えてないのであるか?」


「獣人のジュニアや肉じゃがは見えてるかい?」


「暗すぎてオレにもすごくぼんやりとしか見えない」


「オイラも同じく」


「え? そうであるか」


「姫の身柄を預かっているだなんて言っても見えないんじゃ信用できないぞ、セニョール」


「きっとただの嘘つきでやんす」


「それは吾輩に対する侮辱である。吾輩が窓を開けてやるのである。ていっ!」


がこーん!


 ウラドラートは乱暴に近くの窓を蹴飛ばして、暗闇に覆われた部屋に外の光が差し、その姿をあらわにした。



「「「「「ああっ!」」」」」


 裏生地が赤の黒いマントを着た銀髪で深紅の瞳の青白い顔のナイスミドルが誰かを抱きかかえて立っていた。


 抱き抱えられた者は気を失っているようだ。力なく大きくのけ反って裾を乱している。血の気のない顔。目を閉じてわずかに唇を開いて浅い呼吸を繰り返している。ヴァンパイアの前にその白い喉を無防備にさらけ出したまま、しどけない長い髪を床まで垂らしている。囚われの身のその哀れな姿に皆が息を呑んだ。









「「「「「伊右衛門!!!!」」」」」


 ウラドラートの胸の中には田宮伊右衛門が抱かれていた。


「そういえば、罠の廊下で伊右衛門の丁髷ちょんまげはほどけたままだったでやんす」


「フハハハ。そうか、お前たちの姫は、イエモンという名前であるか」


「「「ちがう、ちがう!!!」」」


「待たんかい、ワレ! ソイツのどこが姫じゃ、このボケナスが! どこに目ぇつけとんのじゃい! 姫はこのわたしじゃ!」


「ほう。自ら姫の身代わりになるというのであるか。なかなか忠義の女護衛である。だが、王女とその方では人質としての価値が天と地ほどの差なのである。その方の身柄ではこの争いを収めるための人質にはならないのである」


「なんだと!」


「落ち着くんだ、ベイベー。じゃあセニョールはどうして、こちらではなくそちらが王女だと確信しているのかい?」


「簡単なことである。理由は三つである。第一にこの美しく長い髪である。第二に女神の加護付きの護符を身につけていることである。只者では無いのである。最後にお前たちの中ではダントツでか弱いのである。そもそも他の護衛たちよりも圧倒的に強く、ずんぐりむっくりでガチムチなプリンセスなんて物語的にはありえないのである! 」


「「「「なるほど! たしかに!」」」」


「なにが、なるほどだ! なにがたしかにだ! このアホンダラども!」


「バナナ姫さま、ヒロイン枠を伊右衛門に取られたでやんすよ」


「おのれ、伊右衛門め!」


 ギリギリと歯ぎしりをしながら思わず、ウラドラートのほうに足を踏み出すバナナ姫。


「おっと、動くな。動くと人質の安全は保証できんのである」


 揃えた鋭い爪を伊右衛門の首に向けるウラドラート。


「いや、別に好きにしてかまわないぞ」


「「え?」」


「どうぞ、どうぞ」


「「バナナ姫さま・・・・・・」」


「やっちゃえ、オッサン!」


「なんてことを言うのであるか!」


「そいつの名は田宮伊右衛門。奴隷商の評価額が革の鎧よりも安かった男だ」


「「「伊右衛門ってなんて哀れな!」」」


「え? 男? こんな華奢で男であるか!」


「ついているものがあるはずだから確かめてみれば良い」


「貴様、吾輩にそんなハレンチな真似をさせるのであるか! ではちょっと失礼するのである」


「「「するんかい!」」」


 ウラドラートは伊右衛門の裾から手を差し込んでボディーチェックを行った。


ぐにっ


「・・・・・・」


「どうした、オッサン?」


 ウラドラートは両眼から血涙を流して言う。


「吾輩が間違っていたのである。不覚で黒歴史なのである。それはそれは立派なものがついていたのである。吾輩、敗北を味わったのである」


「「「なんだと!!」」」


「吾輩の純情を踏みにじったのである! こんな奴許せないのである! 生き血を飲み干してやるのである!」


 ウラドラートが大きく口を開けてその大きな牙を伊右衛門の白い喉に突き立てようとしたそのときだ。


「召喚、生ニンニク🧄とハバネロ🌶️の詰め合わせ!」


 バナナ姫は生ニンニク🧄とハバネロ🌶️の詰め合わせをウラドラートの口の中に召喚して文字通りに詰め合わせた。


「ふごおおおおお〜げほっ、げほっ! 辛いのである! 臭いのである!」


 伊右衛門を放り出して床でのたうち回るウラドラート。


「召喚、みかん🍊」


 みかんを手にしたバナナ姫は普通に皮を剥いてみかんを口に放り込む。そして床を転げ回っているウラドラートに近づいてしゃがみ込む。


「おい、裏ドラ!」


「失敬である! 吾輩の名前は裏ドラではないのである! ウラドラートである!」


「そうか、甘いみかん🍊があるけど食うか?」


「どれであるか?」


「こっちだ。みかんの皮の汁で目潰し、ぶしゅっと」


「のおおおおお、目があ! 吾輩の目があ!」


「「なんてセコい攻撃・・・・・・」」


「くそう、これは分が悪いである。いったん出直すのである。コウモリに化けて脱出するのである。さらばである」


 ウラドラートは巨大なコウモリに姿を変えて脱出を図るが・・・・・・


「イチゴ🍓召喚」


がしゅっ!


「あべしっ!」


どてっ。


 ウラドラートは壁に激突して墜落する。


「おかしいのである! 超音波で位置が掴めないのである!」


 床の上でもがくウラドラート。


「片耳をイチゴで密封して聞こえなくしたのだ」


「こうなったら霧に化けて脱出するのである!」


「やめておけ、取り返しのつかないことになるぞ、熟れたドリアンの中身だけ大量に召喚!」


どさささささささささささ


「ふぎゃああああああっっ!」


「うおおおおおおお! 臭い!」


「臭すぎるっす。嗅覚が敏感な獣人には拷問っす」


「ベイベー、この臭いなんとかならないかい」


 「硫黄の悪臭」、「ガス臭い」、「便所臭い」、「腐ったタマネギのにおい」、「動物が腐ったようなにおい」、「オナラの臭い」「人糞臭」と言われる「果物の魔王」ドリアンの可食部分の山が床で呻いているウラドラートを覆いつくす。


「臭いのである! 耐えられないのである!」


「その状態から身体を霧化すると貴様の身体はドリアンの悪臭と完全に一体化して分離できなくなるぞ。そして・・・・・・」


「・・・・・・な、なんであるか?」


「貴様は一生『ウンコ💩たれ』の疑いをかけられることになる」


「いやでああある! そんな人生って絶対に嫌であああああある!」


「じゃあ、降参してさっさと転移門をラーテル辺境伯のところにダイレクトに繋げるのだ! そうしたらドリアンを片付けてやろう」


「わかったのである! 今すぐ転移門をラーテル辺境伯の部屋に繋げるのである!」


 バナナ姫たちの目の前に新しい転移門が現れた。


「よし、じゃあ肉じゃがの糸を切って、気絶した伊右衛門は精霊馬に載っけてっと。みんな、行くぞ!」


「約束は守ったのである! ドリアンを片付けるのである!」


「おお、そうだった。ウイリー頼む」


「合点承知でやんす」


ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ


 使い魔の青虫🐛、はらぺこウイリーがバキュームのようにドリアンの山を一つ残さず吸い込んだ。


「ホッとしたのである」


「よしみんな行くぞ!」


「「「応!」」」


「みんなちょっと先に行くでやんす。すぐに追いかけるでやんす」


「うん? そうか? わかった」


 皆が先に転移門を通ったあと一人、いや一匹、ウラドラートと残った🐛ウイリー。


「どうしたであるか?」


「腹の調子がちょっと変でやんす。あ、来たでやんす」


ぷぴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ


「のおおおおおおおおっ!」


「スッキリしたでやんす」


 悶絶失神したウラドラートを残してウイリーはぴょんぴょんと跳ねて転移門を通ると、その転移門を倒して伏せた。


「これで証拠隠滅でやんす」




 さあ、次回はいよいよラーテル辺境伯との対決! かな?

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