第8話 バナナ姫とダンジョンの罠

「ジュニア、この城の中はダンジョンになっているのか?」


 そう尋ねるのは我らが白く太きヒロイン、バナナ・パインテール姫だ。上から下まで白づくめ。白いターバンを巻いた頭は大きくて太い。首も太い。肩も太い。腕も太い。腹も太い。脚も手の指も太い。身長120センチのガチムチ四頭身のドワーフ・・・・・・に限りなく似た体型だがれっきとしたエルフのプリンセスである。


「ははっ! ラーテル辺境伯さまが魔王国から助っ人の方々をお呼びして魔改造してからダンジョン化してますっ!」


 盾役タンクで切込隊長の虎獣人、ジュニアことアントニオ・ジェット・シンJr.が勢いよく答える。


「ところでジュニアくん、ラーテル辺境伯のところに行く近道はないのかい?」


 バナナ姫の婚約者でありながら、イケメンイケボをふざけた覆面で封印された、身長190センチ金髪ブロンド、のジャック・ドードリアンが裏返った声で尋ねる。


 なお、先ほどジャックが捕獲して肩に担いでいたチーター獣人の『肉じゃが』ことニック・Q・ジャガーは、今は巨大キュウリ🥒精霊馬ゴーレムの上に括りつけられている。


「転移門を使えば最短ルートになります」


「それは楽チンそうでやんす」


 バナナ姫のターバンから顔を出した使い魔青虫🐛のはらぺこウイリーが声を上げる。『肉じゃが』を縛っている糸は彼が出したものだ。


「ですが、ラーテル辺境伯の部屋まで直通ではありません。まずこの先右側の『罠の廊下』奥の転移門を通って、転移先の軍の訓練場に。そこから更に転移して将軍の部屋や、魔族の方々の部屋を順に通ることになります」


「なるほど、そっちは戦闘バトルは避けられなさそうだねえ。他の道はないのかい?」


 ジャックが他人事のように呑気に言う。


「転移門を使わなければ、この先の左側の通路です。安全ですが空間拡張魔法でかなり遠回りに。ラーテル辺境伯さまのところにたどり着くまで丸一日はかかるかと」


「バナナ姫さま、ここは敵地、安全第一で行くでござる!」


 着流し姿の貧相な武士、田宮伊右衛門が熱心にバナナ姫に訴える。


「却下だ、伊右衛門! 遠回りで時間をかけている間に察知されて、迎撃準備をされたら同じだ。時間を無駄にするだけなお悪い。ここは最短距離を強行突破。立ちふさがるものは力でねじ伏せる!」


「ボクもそれがいいと思うよ」


「異議なしでやんす」


「そんなあ、野蛮でござるよ〜」


「大丈夫だ、問題ない。ジュニア! 罠はこちら側から解除できないのか?」


「残念ながら将軍の部屋まで行かないと不可能です」


「わかった! ではジュニア切込隊長! 伊右衛門! お前たちの出番だ!」


「ははっ!」


「へ? それがしもでござるか?」


「そうだ。二人で全部の罠にかかりまくって無効化してこい!」


「「ええ! そんな無茶な!」」


「無茶も飲茶ヤムチャもあるもんか! わたしとウイリーだけならともかく、こっちにはバカエロフと気絶中の『肉じゃが』もいるんだ。罠を避けきれるはずがないだろうが!」


「ありがとう、マイスイートハート」


「ずるいでござる、贔屓でござる! ジャック殿も一緒に罠にかかるでござる!」


「伊右衛門、お前はアホウか? お前たちがケガをしたら誰が治してくれると思ってるんだ? ジャックはこれでも超一流のヒーラーだぞ。ジャックならお前たちの土手っ腹に穴が開こうが、腕や脚がもげようが完全回復パーフェクトヒールで再生できるのだ。そのジャックが罠で死んだらどうなる!」


「そ、それは・・・・・・」


ベベンベベンベン


「大丈夫さ、キミたちにボクが全能力大幅上昇のバフをかけてあげたからね。ああ、でも二、三分しか効かないから早く行かないと危ないよ。今なら首さえつながっていれば死なないからね」


ベベンベベンベン


 ジャックが手持ちの弓状の楽器を鳴らしながら言う。


「ええい貴様ら、精霊馬を尻の穴に突っ込まれたくなかったら、とっとと行かんかい!」


「「ヒィ〜〜〜っ!!」」


 ジュニアと伊右衛門が全力疾走で罠の廊下に突っ込んで行く。


がこん、ガッシャーン


 二人は床の罠を踏み、釣り天井が落ちてくる。必死で前方にジャンプしてそれをかわす二人。


がこん、ドーン


「あああああーっ!」


 今度は伊右衛門一人が落とし穴にかかって落ちていく。落とし穴の上からがっちりと伊右衛門の手首を掴むジュニア。


「ファイトーーー!」


「いっぱーつ!」


 ジュニアが伊右衛門を引き上げる。


「助かったでござる! ありがとうでござる!」


「いいってことよ!」


シャキーン、ヒュンヒュンヒュンヒュン


「「ぎゃあ〜!!」」


 二人が一歩前に進むと横から大量の矢が飛んでくる。大柄なジュニアの上半身にブスブスと矢が刺さっていく。矢の一本は伊右衛門の丁髷ちょんまげをかすめて元結もとゆいを切り、伊右衛門はざんばら髪になってしまう。


「ほい、ジュニアに完全回復パーフェクトヒールっと」


 ジュニアの傷が治った!


ブンッ、ズシャッ


「うぎゃあああ」


「おっと、ギロチン振り子で伊右衛門の左手が吹っ飛んだ。伊右衛門にも完全回復パーフェクトヒール。それにしても、盾役タンクのジュニアはともかく、なんであんなとろくて弱い子を仲間にしたんだい、マイエンジェル?」


「『炭鉱のカナリア』さ。毒ガスとか呪い系の罠だったら、一番弱いアイツに真っ先に影響が出るだろうからな。こちらが大ダメージを受ける前に察知できる」


「ずいぶんとえげつないことを考えているんだねえ、ハニー。ありゃ、虎獣人のジュニアがトラバサミにかかって右脚がもげた。今度はジュニアに完全回復パーフェクトヒール


「今のところそんな毒ガス探知機みたいなことしか使い道を思い付かないが、伊右衛門はあれでも女神さま二人の推薦と、そのうち一人の加護を持っている。しかもその一人ってのは伊右衛門の奥方だ」


「奥さんが女神だなんて、すごいや。あのなんだか嫌〜な感じがする呪物と関係があるかい? おっと伊右衛門が槍衾やりぶすまで穴だらけだ。大丈夫。まだ生きてるよ。完全回復パーフェクトヒール


「あれは浮気封じの女神さまの分霊体付きお守りだからな。スケコマシの貴様の天敵だろう」


「失敬だなベイベー。ボクは男を口説く趣味はないんだよ。伊右衛門ラブの奥方とは敵対しないさ。ふむ。今度は杭がジュニアのお腹に突き刺さった。完全回復パーフェクトヒール


 そんなことを繰り返して、ジュニアと伊右衛門の地獄の二分が過ぎた。二人は全身ボロボロになり、何度も死にかけながら死ぬことも許されず、無事にと言っていいのかわからないが、ともかく『罠の廊下』を渡りきり、転移門の前にまでたどり着いた。


「洒落になってねえ! いくらなんでも、やってらんねえ! マジで手足はもげるし、身体は穴だらけになるし! ありゃあ拷問だよ、拷問! あのドS姫め!」


「バナナ姫さまは鬼畜でござる! 某、ものすごく痛かったでござる! 何度も何度も、もう死んだと思ったでござる! この恨みはらさでおくべきかでござる!」


 床の上にへたりこんで大いに文句を言う二人。その二人の真上から声をかける者があった。


「何を言っているのだお前たち」


「「え?? 真上から声って・・・・・・ぎゃあああああああああ〜!! 化け物〜!!」」


 ジュニアと伊右衛門は腰を抜かした。


 二人が見上げた天井からは左右の手にジャックと『肉じゃが』をぶら下げた、バナナ姫がぶら下がっていた。


「なんと気の小さいヤツらだ。美少女が天井を歩いてきただけで、化け物扱いとは世も末だ」


「普通の美少女は逆さになって天井を歩かないと思うでやんす」


「ハハハ違いない。わたしはスキル【歩行】レベルMAXだからな。普通の美少女にはできないこともできるのだ。さあ、着いたから降ろすぞジャック!」


「OK、ベイベー」


 ジャックがシュタッと飛び降りる。


 そしてバナナ姫が指笛をピーッと吹くと、廊下の向こうで待っていた精霊馬がすごい勢いで側壁を走りこちらに来た。


「精霊馬!『肉じゃが』を受け取れ!」


「ヒヒヒヒヒーン!」


 真上から投下された『肉じゃが』をその背中で受け止めた精霊馬。


 ジュニアと伊右衛門の二人の前に手ぶらになったバナナ姫がシュタッと天井から飛び降りる。


「さあ、二人ともいい加減起き上がるのだ。転移門を通って移動するぞ」


 体を起こしてやろうとバナナ姫が手を差し伸べるが、二人はふるふると首を横に振って動こうとしない。


「どうやら二人はよほど怖い思いをしたのか、パニックになっているようだよ、ハニー」


「仕方ないなぁ。ウイリー、この二人の三分間分の記憶を吸い込んでおくれ」


「え? ウイリーはそんなこともできるの?」


「できるでやんす。でも、ヒトの記憶だなんてちっとも美味しくないでやんす。対価に日本産のシャインマスカットを要求するでやんす」


「わかった。日本産のシャインマスカット召喚!」


「さすがバナナ姫さま! やる気が出たでやんす!」


ぶおおおおおおおお


「「あわわわわわわわ!!」」


 ジュニアと伊右衛門の頭から何か影のようなものが引きずり出されてウイリーの口の中に吸い込まれていった。


「おう? もう転移門まで辿り着いたのか?」


「いつのまに来たでござるか?」


 なにもなかったかのように立ち上がる二人。


「二人ともよくやったぞ! おかげで罠を無効化できて、みんなここに来れた! 二人ともさっき転倒して健忘症になったようだな」


「あぁそういうことか」


「なるほどでござる」


 すっかり納得したジュニアと伊右衛門であった。チョロい。


「次の転移先で何かあれば、わたし自ら戦うからしばらく休むが良い。では転移門でワープだ!」


「かしこまりました!」


「御意にござる!」


 次々と転移門に飛び込むジュニアと伊右衛門。美味しそうにシャインマスカットを口いっぱいに頬張ったウイリーを頭上に乗せたバナナ姫がジャックの方を振り返った。


 そして微笑みながら今までとはうってかわった可愛らしい声でささやいた。


「さっきのことは秘密だよ。みんなで幸せになろうよ」


 ジャックは脂汗を浮かべつつも黙ってただコクコクとうなずくのであった。

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