第5話 バナナ姫と婚約者のジャック

「ジャック! こんなところにいたのか!

会いたかったぞ!」


「バナナ姫、ボクもだよ!」


 顔を紅潮させて地下牢の鉄格子に駆け寄る二人。


「ウイリー殿、あの方はいったい何者でござるか?」


 伊右衛門がいつのまにか自分の方に移動しているバナナ姫の青虫🐛ウイリーに訊ねる。


「姫さんの婚約者でやんす」


「婚約者!」


 驚く伊右衛門。


 どちらも上から下まで真っ白な衣装のエルフとは言え、その姿はあまりにも対照的だ。


 方や鉄格子の中にいるのは長髪ブロンド長身イケボの超絶美男子。


 方や鉄格子の前にいるのは白いターバンからプラチナブロンドの髪をのぞかせた我らがヒロインバナナ姫だ。


 ただし、身長120センチ四頭身。骨太で固太り。頭は大きくて太い。首が太い。肩も太い。腕も太い。腹も太い。脚も手の指も太い。おまけに眉も唇も太い。ずんぐりむっくりでガチムチだ。最近は「エルフ界の天童よし◯」とか「白いドラえも△」とも呼ばれている。


「ジャック、顔が高すぎて届かない。一度腰を下ろして、もっとその懐かしい顔を近づけてくれ!」


「こうかな?」


 鉄格子の向こうで座り直すイケメンエルフ。


「もっとだ、もっと、その愛しい顔をわたしの近くに!」


 懇願するバナナ姫。


「こうかい?」


 鉄格子の隙間から顔を出す超絶美形。


「そうだ」


 ジャックの両頬に手を差し伸べるバナナ姫。


「ジャック」


「バナナ」


 お互いの瞳を見つめ微笑む二人。


 バナナ姫の目がすっと細くなり、口角がニイッとした形に引き上げられ、舌舐めずりをしてから口を開く。


Gotchaガッチャ! (捕まえた!)」


「へ?」


「このバカチンがあ! この口かあ! 片っ端から女を口説きまくったヤリチンエロフの悪い口はァ!」


 バナナ姫がジャックの頬を掴むと左右思い切り引っ張る!


ふぁにふふんだなにをするんだふぁふぁふぁバナナ! ひはひ痛いひはひ痛い! ふひふぁふぁふぇうお口が裂けるよ!」


 口を裂かれそうになったジャックが悲鳴をあげる!


「そんな悪いお口なんか裂けてしまえ、ついでにそのよく回る舌も抜いてしまえ!」


 バナナ姫は般若の顔でジャックの両頬を引っ張り続ける。


「お客さま、コレは売り物です! わたくしどもの商品を傷つけないでください! 殺すならここではなく、ちゃんと代金を払ってお持ち帰りしてからにして下さい!」


「バナナ姫さま、ここでの殺しはまずいでござる! 目撃者がいるでござる!」


 奴隷商の山羊獣人メイヤー・ガラガラドンと、田宮伊右衛門が必死でバナナ姫を止める。


「ちっ、運のいいやつめ!」


 バナナ姫はジャックから仕方なく手を離した。


「ああ、顔が千切れるかと思ったよ、ハニー」


 ジャックは赤くなった両頬を両手で抑えている。


「伊右衛門、このバカチンがわたしの婚約者のジャック・ドードリアンだ。バカジャック、こちらはわたしを手伝う田宮伊右衛門だ」


「久しぶりに会ったのにバカチンだなんて随分とつれないじゃないか、ベイベー」


「うるさい! バカチンにバカチンと言って何が悪い! このスケコマシの浮気者!」


「バナナ、それは誤解だよ。ボクはキミのために問題を解決しようと手掛かりを求めて旅をしていただけなんだよ。でも、やきもちを焼くキミもかわいいよ、ハニー」


「何を言ってやがる! わたしが召喚した蟠桃ばんとうを食べてこんな姿になった翌日、婚約者のわたしを捨てて、エルフ王国からいなくなったくせに!」


「捨てるだなんてとんでもない。ボクはちゃんと『バナナ姫があんな姿になったので旅に出ます』と書き置きを残したじゃないか、マイエンジェル」


「あれじゃ、捨てられたと思うわボケ!」


「すべてはささやかな誤解だよ、ハニー」


「誤解が聞いてあきれるわ。旅先で素人玄人身分の上下も問わず、片っ端から女に手を出して、それでも飽きたらず娼館に通いつめて借金作って踏み倒しやがって。その苦情の手紙や請求書がエルフ王室に届いたときの、このわたしの気持ちがわかるかああああ! この女の敵がああああああああ!」


「女の敵だなんてとんでもない。ボクはたくさんの女の子と仲良くして手掛かりを集める代わりに、みんなとっても満足させてあげただけだよ。Win-Winの関係さ。そもそも娼館通いの借金も情報収集の必要経費だよ、マイスイートハート」


「うるさいバカジャック! エルフ王国の名前に傷がつかないように、その後始末に私がどれだけ苦労して涙を流してきたことか! 今度の借金は獣王国ラーテル辺境伯領の獣人娼館通いか!」


「バナナ、それは違うよ。獣人娼館だけじゃなくて酒場での飲み食いや宿代も含まれてるよ、マイエンジェル」


「貴様という奴は!」


「最低の修羅場でござる。バナナ姫さまがお可哀想でござるよ」


「いやはや、わたくしどもも噂には聞いておりましたが、ここまで酷かったとは」


 伊右衛門とメイヤーも呆れ返っている。


「こうなったら奥の手を出すしかないか! ごめんね、バナナお姉ちゃん!」


 ジャックが、突然目を潤ませて、バナナ姫のことをお姉ちゃん呼びし始めた。


「ううっ!」


「ボクはお姉ちゃんにちょっとでも早く元の素敵な八頭身美少女に戻ってもらいたかったんだよ。そのためのマジックアイテム、『打ち出の小槌』がラーテル辺境伯の城にあるとちゃんと突き止めたんだよ。ボク、頑張ったでしょ、お姉ちゃん!」


「うううっ」


 ジャックから繰り返される「お姉ちゃん」が、バナナ姫をその少女時代の回想にいざなった。






    *    *    *




 

 21世紀の日本の青果店の売り子だった彼女は女神サラスヴァティにスカウトされ、異世界転生してエルフ王室の愛くるしい王女として生まれた。この時点では完全な勝ち組である。


 バナナ姫には物心ついた頃よりどこへ行くにも一緒の幼馴染の男の子がいた。それが年下の従兄弟の超絶美少年、ジャック・ドードリアンだった。ホンモノの美少女と美少年が仲よく遊ぶさまはまさに眼福。見るもの全てをほっこり幸せな気分にさせた。


 少しばかり年上で、おませさんのバナナ姫が全てにおいてジャックをリードするのは周囲から見ても自然なことだった。


 でも実はバナナ姫は、周りには秘密にしていたが前世の記憶持ち。精神年齢は大人の女性だ。そんな彼女がいつもそばにいて「バナナお姉ちゃん!」となついてくれている絶世の美少年ジャックにキュンキュン、メロメロ、ハアハア、じゅるりになるのも仕方はなかった。そう、少しばかりおませなことをしてもバレなきゃよし。少しくらいバレてもかまわない。バレたところで地位と権力でもみ消せるとそこまで思っていた。そう少しだけなら。


 ところが、ジャックは生まれる前から親にバナナ姫の婚約者と決められている運命の相手だと分かった途端、バナナ姫の自制心のブレーキは外れて遥か彼方へ飛び去った。こうなりゃ、もう何でもアリだ、アリ!


 そこでバナナ姫はある計画を実行に移した。


 名付けて「ジャックきゅんラブラブスパダリ化計画」。


 この頭の悪そうな名前の計画は、バナナ姫がその地位と立場と前世の記憶、それに魔法までもフルに活用して、幼い時からジャックを徹底的に教育、調教トレーニング、そして洗脳して、理想のスーパーダーリンに育てあげようという夢の計画だった。


 この「ジャックきゅんラブラブスパダリ化計画」を実行するにあたって、恋に恋するこじれた乙女のまま前世を終えたバナナ姫がお手本としたのは前世で山ほど見たドラマや少女マンガや恋愛小説の記憶であった。


 ジャックは外見はすでに完璧。あとは中身だ。


 バナナ姫が重視したポイントは二つ。


 一つ、会話の際も常に女性にとって必要な言葉を自然かつ適切な口調とタイミングでかつ心を込めて口にしてくれること。


 二つ、女性がして欲しいであろう気遣いを適切なタイミングで女性が口にする前にさりげなく嫌味のない形でできること。


 この二つの非常に困難なミッションをバナナ姫は幼いときからジャックに徹底的に指導した。あたかもそれが当たり前のことであるかのように。


 外から見ていたらそれは子供同士のかわいいおままごとやナントカごっこにしか見えなかったであろう。だが、実はそれらの遊びは全てジャックをスパダリにするための教育であり、調教トレーニングであり、洗脳であったのだ!


 この夢の計画が、二人の運命を大きくねじ曲げる要因になるとはバナナ姫は気づいていなかった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る