第4話 バナナ姫と奴隷商

 バナナ姫一行はラーテル辺境伯領の領都ラーテルに到着した!


「ほうほう。『ダイチュウ商会』これが領都ラーテル最大の奴隷屋でござるか。結構大きな店構えでござるな。ところで精霊馬と馬車は放っておいてよいのでござるか?」


「カボチャ🎃の馬車は地面に潜航するから大丈夫。精霊馬ははらぺこウイリーのオヤツだ」


「え?」


ボコボコボコボコ


 変な音を立ててカボチャ🎃の馬車が地面に沈んでいった。それが潜航ということらしい。


「いっただきまーす!」


 大きな青虫🐛のはらぺこウイリーが巨大キュウリの精霊馬の身体も脚も掃除機のように吸い込むようにすすり上げる。わずか八秒で巨大な精霊馬は跡形もなく消え失せて、ウイリーの胃袋に収まった。


 精霊馬Bはウイリーに食べられてしまった!


 ただ、ウイリー自身の見かけの大きさは変わっていない。あれだけの大きさのものが一体どこへ入ったのか謎である。


「ホントはよく噛んで食べた方が美味しいんでやんすが、姫さんが急いでるんでやんす」


 そう言うとはらぺこウイリーはピョンとジャンプしてまたバナナ姫の白いターバンに潜り込んだ。


「すまないな、ウイリー。今度またゆっくり腹いっぱい食べさせてやる。では伊右衛門、参るぞ!」


「御意!」


 二人と一匹は奴隷商ダイチュウ商会の店舗の中に足を踏み入れた。


「御免!」


「これはこれは、いらっしゃいませ。わたくし、支配人のメイヤー・ガラガラドンと申します。ご購入でしょうか? それとも買取をご希望でしょうか?」


 眼鏡をかけた初老の山羊獣人が揉み手をしながら出てきた。どうやらカボチャの馬車の潜航やウイリーの食べっぷりを見ていて支配人自ら担当する気になったようだ。


「いやそれがしではなく、某の主人であるこちらの姫さまが」


「こいつの買取を希望だ。査定を頼む」


「ええっ! 姫さま何をいい出すのでござる!」


「では、査定価格はこれくらいで」


「はやっ! そして安っ! なんでござるか、その涙が出てくるような金額は! さっき途中で見かけた革の鎧の方が高かったでござるよ!」


「これがこの方の精一杯の買取価格でございます」


「妥当なところだな」


「そんなあ! 後生でござる! 奴隷堕ちは嫌でござる!」


 目の幅いっぱいの涙を流しながら伊右衛門はバナナ姫にしがみつく。骨太で低重心の四頭身エルフはバランスがいい。大の大人がしがみついてもびくともしない。


「ええい、うっとうしい。離れろ! わかった。買取依頼はキャンセルだ」


「かしこまりました」


「助かったでござる〜。それがし、新しい主人に出会ったその日に奴隷に売り飛ばされるところだったでござる〜。異世界怖すぎでござる〜」


「ピーピーうるさいぞ、伊右衛門!」


 鼻水まで流してボロ泣きしている伊右衛門を無視してバナナ姫は商談を続ける。


「冗談はさておき、実は戦闘奴隷を買いにきたのだ。盾役タンクができるデカくてゴツくて頑丈な奴が欲しい。犯罪奴隷でも構わないぞ。わたしも荒事はお手のものなんでな。これは支配人自ら出迎えてくれた礼のチップだ」


キーン


 バナナ姫が手の中で弄んでいた金貨を親指で弾いて天井近くまで飛ばした。


 支配人のメイヤーは目の前に落ちてきた金貨を両手で受け止めて驚愕する。金貨が粘土細工のようにぐにゃぐにゃと四つに折り畳まれている!


「すまないな。少し力が入り過ぎた。どれ貸してみろ」


 そう言うとバナナ姫はメイヤーの掌から四つ折りになった金貨を摘み上げると無造作に広げて伸ばしてみせた。


「これで元通り。ではよろしく頼む」


「かしこまりました。ドワーフの姫さま」


「おい貴様、いまなんつった!」


 バナナ姫はメイヤーの白い顎ひげを下から掴み頭を下げさせた。


「さっきのやり取りで貴様が鑑定持ちなのはわかってるんだ! わたしのステータスは擬装してあるとはいえ貴様にもちゃあんと『エルフ』と見えているハズだ。ふざけた真似してわたしを試すと二度と固形物が食えなくなるぞ!」


「かしこまりました。バナナ・パインテール姫さま。それとも爆裂エルフさまとお呼びいたしましょうか?」


「バナナ姫でいい。メイヤー、貴様いい度胸しているな」


「恐縮です、バナナ姫さま。さて、盾役タンクの戦闘奴隷購入の目的をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「ラーテル辺境伯の城を襲撃してお宝を強奪する」


「「は?」」


 伊右衛門とメイヤーがぽかんと口を開けたままだ。


「聞こえなかったのか? ラーテル辺境伯の城を襲撃してお宝を強奪する」


「バナナ姫さま!」


 伊右衛門が狼狽うろたえる。


「本当だから構わない。メイヤー、このことをラーテル辺境伯に報告してもいいぞ」


「ご冗談を。わたくしどもにも守秘義務がございます」


「それは建前だろう? 本音は?」


「爆裂エルフを敵に回して生き延びられると思うほど愚かではございませんので」


「賢明な判断だな」


「としますと、ご希望に合いそうな奴隷の在庫はゴリラ獣人だけでございますね」


「直接この目で見てみたい。一度見せてくれ」


「かしこまりました。でも売り物ですから、買わないないのだったら壊さないようにしてくださいね」


「善処する」


「・・・・・・」


 メイヤーが大型戦闘奴隷であるゴリラ獣人を連れて入ってきた。


「図体の大きさだけなら合格だな」


「ありがとうございます」


「だけど、今回の仕事、馬鹿や自分勝手をする奴や、見掛け倒しの臆病者はいらない。ちょっと試させてもらうよ」


「お手柔らかにお願いします」


「このちっこいのが俺様を試すだと?」


 ゴリラ獣人が反抗的な態度でバナナ姫に手を伸ばしてきた。


「おお、握手か?」


「へっへっへ、ぬおおおっ!」


 ゴリラ獣人がバナナ姫の手を握り潰そうとした瞬間、彼は膝の力が抜けて腹ばいになり起き上がれなくなった。


「相手との力量の差も分からぬ馬鹿はいらないけどな。まあ、魔力で威圧をかけるからそこから立ち上がってごらん」


 バナナ姫はゴリラ獣人に威圧をかけた。ゴリラ獣人は腹ばいに潰れたまま泡を吹いて気絶している。


「うーむ。この程度じゃあ一回勝負の捨て駒にしか使えないぞ」


「バナナ姫さま。ものは相談ですが、実はもう一人オススメの奴隷がおります」


「うん? そいつはここには連れ出せないのか?」


「訳あって地下三階の牢に隔離しております」


「ほう、訳ありとな」


「細身なので盾役には不向きですが、上背は190センチほどと大柄で弓が使えます」


「ほうほう」


「回復魔法も使え、歌でバフやデバフ効果、状態異常を付与することもできる吟遊詩人です」


「獣王国の辺境にそんな奴隷がいるとは、面白そうではないか! ぜひ見せてくれ!」


「かしこまりました。ではこちらへ」


 メイヤーはバナナ姫と伊右衛門を連れて地下三階まで階段を降りた。そして地下牢へ続く分厚い扉の鍵を外した。


「随分厳重に隔離しているんだな。よほどたちの悪い犯罪奴隷か?」


「ひどくたちが悪いのは間違いございませんが、犯罪奴隷ではなくて借金奴隷です」


「ふむ。いったいなんの獣人だ?」


「獣人ではありません」


「なんだと!」


「付け加えますが、知能も高く占いという特技を持っています。さあ、扉を開けますよ」


 ギギギギギと軋みながらドアが開いていく。


「姫さん、あっし一人心当たりがあるんでやんすが」


 使い魔青虫🐛のはらぺこウイリーがターバンから顔を出して呟いた。バナナ姫も頷いて言う。


「奇遇だな。わたしもだ」


「いったいどなたですか?」


 伊右衛門には心当たりはない。


 ビヨンビヨンビヨーンと弦楽器の音が聞こえてきた。そしてさらに福△雅治のようなイケボな歌声も。




バ〜ナ〜ナ、愛するバナナ〜♬


バ〜ナ〜ナ、素敵な〜バナナ〜♬


バ〜ナ〜ナ、かわいいバナナ〜♬


ボクだ〜け〜の〜バ〜ナ〜ナ〜♬


アイラヴュー!


「借金奴隷で吟遊詩人のジャック・ドードリアン氏です」


 メイヤーが恭しく頭を下げた。


ボヨヨーン♬


 ブロンド長髪で上から下まで真っ白な衣装。弓みたいな一弦の楽器を鳴らして牢屋の中で座っている男が一人。


「バナナ姫、ボクはずっとキミが来るのを待っていたんだよ〜ベイベー」


 イケボで超絶美形の若いエルフがこちらを見てにっこり微笑んだ。

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