第3話 バナナ姫と旅の仲間

「いやあ、助かったでござる。果物召喚魔法とは誠に便利なものでござるなぁ。瑞々しいスイカ🍉に、バナナ🍌でござるか。誠に美味だったでござる。バナナ姫さまは誠に拙者の命の恩人、ありがたきことでござる」


 着流し姿の男が道で土下座して礼を言う。


「聞きたいことが山ほどあるから、まず顔を上げてくれ」


「ははっ。なんなりと」


 顔を上げた男は痩せた三十歳ほどの素浪人風の武士だった。顔はけして二枚目とは言えない。鼻は大きいが、目も口も小さく全体的にすごく地味だ。


「お主は何者で、なんで武士であるお主がこんなところにおるのだ? なぜ、わたしの名前を知っておる? そしてどうして行き倒れたのだ? そして、その首からかけておる呪物はなんだ!」


「ははっ。それがし、田宮伊右衛門と申す武士にござる。一度天寿を迎えて妻のお岩と天国でのんびりと暮らしておったでござる」


「ちょっと待てい! お主、あの四谷怪談の田宮伊右衛門か! そんな奴がなんで天国に行けるのだ!」


「あれは物語や芝居の作者が勝手に某どもの名前を使ったのであって事実無根にござる! 入り婿である某があのような不埒なことできるはずござらん! 某夫婦はお互いに愛し合って慎ましくも平凡な人生を送ったのでござる! 風評被害もいいところにござる!」


 田宮伊右衛門が強い口調で抗議する。


「お、おう」


「ところが物語の設定でお岩が怨霊となって祟り復讐をしたということで、お岩稲荷とやらに祀られたのでござる。そこに多くの女性が浮気封じの願をかけたばかりに、お岩は神格を得て本当に浮気封じの神さまになったのでござる。ところが某はただの霊魂のまま。お岩の方には参拝客が引きも切らず。その格差は開く一方」


「ううむ。物語とは言え、公金横領に義父の殺人、浮気して邪魔になった自分の妻に毒を盛るような最低な悪党を祀ったり、願をかけようだなんて誰も思わないだろうからなぁ」


「そうでやんすね」


「そうなのでござる! それにしても、バナナ姫さまはずいぶんあの物語に詳しいようでござるが、もしや日の本のお生まれでござるか?」


「いや、生まれはこっちのエルフ王国だが前世は日本人だったのだ。異世界転生と言うやつで、わたしは前世の記憶持ちだ」


「なるほどそのような訳でござるか。さぞや色々あったのでござろうなぁ」


「まあな。それはもう本当に色々あったさ」


 思わず遠い目をしてしまう骨太エルフ。


「話を戻すでござるが、ただの霊魂の某と神さまになった妻のお岩とは離れ離れに暮らすことに。それを嘆いておると、弁財天さまがお力添えをしてくださったのでござる。妻のお岩と共に暮らすには、某が徳を積み神格を得るべしと。そこで新たに生を受け、この異世界に徳を積むため参った次第でござりまする」


「なに! お主はサラスヴァティさま、いや弁財天さまと知り合いなのか!」


 弁財天こと女神サラスヴァティは前世で青果店で働いていたバナナ姫が異世界転生する時にスカウトに来た女神だ。


「いかにも。弁財天さまからはこの世界でバナナ・パインテール姫さまがラーテル辺境伯という強者に挑むので、そのお手伝いで徳を積むようにと申しつかっております。それ故にお名前もお姿も存じ上げておりました。微力ながら全力でお仕え致しますので、なんなりとお申し付けくだされ」


「ふむ。お主、剣の腕はどうだ?」


「自慢ではございませんが、仕事は事務方で剣の腕はからっきしでござる」


「ほんとに自慢にならんわ! はああ。サラスヴァティさまもなんでこんなのをよこしたんだか。で、どうして行き倒れになったのだ? 山賊にでも襲われたのか?」


「弁財天さまから、バナナ姫さまに会えれば食べていくには困らないからと一文なしでこの世界に送られたのが三日前」


「「三日前! 女神のクセになんて大雑把で無計画な!」」


「ここで待てばバナナ姫さまに会えるからとじっと待てども一向に会えず。飲まず食わずの三日間。遂にはとうとう行き倒れてござる」


「街道を通る旅人からなにか施しは受けなかったのか?」


「某に声をかけてくださる女人もいたのでござるが、皆が皆、近づいたところで血相を変えて逃げ出して話すらできぬ有様にて」


「だろうな」

「でやんすね」


「狼獣人の方とは話ができたでござる。某が一文なしで、飲まず食わずでここで人を待っていると申せば、いたく同情してくださり、強く生きろと涙を流して励ましていただいたでござる。残念ながら食べ物の持ち合わせはなかったでござる」


「「ふむふむ」」


「腰の大小を金に変えて何か買ってきてやると言われたでござるが、竹光では無理だと断ったでござる」


「「ちょっと待て、その二本差しは竹光かい!」」


「お恥ずかしながら」


「なんてこった」


「姫さん、その狼獣人ってアイツでやんすかね?」


「ああ、アイツだろうな。他の者が血相を変えて逃げ出したのはその首にかけた呪物のせいだろうな」


「これは呪物ではござらん。お岩から旅立つ前に送られたお守り袋にござる。肌身離さず持てば虫も災難も寄せつけぬご利益があると」


「(姫さん、あの霊が憑いている呪物って女人よけの呪物でやんすか?)」


「(ああ、年頃の女性が伊右衛門に近づくとお岩さんの魂魄を分けたあの分霊体が実体化して撃退する浮気封じの呪物だ)」


「(あれは、お岩さんの分霊体でやんすか!)」


「(わたしとは、念話テレパシーもできるぞ。主人をくれぐれもよろしく、だそうだ)」


「(さすがは姫さん)」


「(なになに、バナナ姫なら容姿もずんぐりむっくりだし、実年齢も百八十歳いってるBBAだから、伊右衛門殿に近づいても全然オッケーだと! ええ根性しとるのうワレ、ちょっとつら貸さんかい!) 


「(姫さん、神さまの分霊体相手に何ケンカ売ってるでやんすか!)」


「(エルフはなあ、百八十歳じゃあまだ少女で通るんじゃボケェ! このクソアマ、神さまの分霊体でも関係ねえ! ギッタギタにしたるど、おんどりゃあ!)」


 般若の顔でぐっと身を乗り出したバナナ姫の剣幕に、お岩の分霊体は恐れをなしてお守りの中にそそくさと隠れた。


「(消えたでやんす)」


「(チッ、逃げ足の速い奴め)」


「姫さま、いかがなされたでござる!」


「ああいや、なんでもない。こちらのことだ。委細承知したぞ、伊右衛門、お主も馬車に乗れ。何を手伝ってもらうかは、ラーテル辺境伯領の領都についてから決める。よいな!」


「ははっ! よろしくお願いいたすでござる!」


「うむ。苦しゅうない。良きにはからえ」


 サムライ田宮伊右衛門が仲間になった!


 剣術スキルなし。

 装備は竹光二本と女人除けの呪物だ。


「ところで、この宝の山はいかがするのでござるか?」


「領都の奴隷屋で盾役の奴隷を買うのだ」


「肉の盾でござるか。なんとも不憫な」


「それとも伊右衛門、お主が盾になるか?」


「それは無理でござる! 盾の役を果たす前にきっと死んでしまうでござる!」


「まあ、そうだろうな。だから敵や罠の攻撃にできるだけ耐えられる、デカくてゴツくて頑丈な獣人奴隷を買うつもりだ。これは決定事項だ」


「ははっ! 某の主人はバナナ姫さまでござるゆえ是非もなく。ところで、バナナ姫さまは何故危険を冒してラーテル辺境伯に挑むのでござる?」


「それは奴が持つはずの『打ち出の小槌』を手に入れるためだ」


「願いを叶える『打ち出の小槌』でござるか! そうまでして、姫さまの叶えたい願いは何でござるか?」


「知りたいか?」


「是非」


「どうしてもか?」


「無論」


























「わたしが元の八頭身美人になるためだよ、悪いかコンチクショー!」

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