最終話

 夢を見ていた。夢を見るのは、久しぶりだ。前回の時は恐ろしい夢だったが、今回は幸せな気持ちになれるようなものだった。

 夢の中で、那奈は俺の前に姿を現した。自分が幽霊であるというのは噓だと言って、もう二度と姿を消したりなんかしないと、俺に約束した。当たり前だよな、と思った。幽霊なんて小学生でも信じない。嬉しかった。嬉しくて、何度も指切りをした。このままずっと指切りをしたいと言ったら、那奈は私も、と言った。

 もうこれからはずっと那奈と一緒だと思うと嬉しくてたまらなくなり、指切りの手を離すことができなかった。しかし、突然、俺は眠りから覚めた。夢だとわかったのは、隣に那奈がいなかったからだ。那奈は本当に幽霊だったのだ。まるで、夢と現実が逆転しているみたいだ。科学的根拠は何もないが、信じるしかなかった。ああ、本当に那奈は消えたのだ。受け入れたくはないが、それが現実なのだ。

 なんだか、心にぽっかり穴が開いたみたいだ。もう一度、もう一度だけでいい。那奈に会いたい。しかしそれは、叶わぬ願いというものだ。いつまでもこんな夢を見てしまっているようではいけない。俺は、これから一人でしっかりと生きていかなければならない。那奈の分まで頑張って生きよう。そう固く心に誓い、生きていくことを決意した。

 クリスマスの日がやってきた。那奈と一緒に過ごすはずだった、十二月二十五日。特に用事もないし、大学も冬休み中なので、昼過ぎに起きた。部屋には那奈の持ち物はもうない。匂いすら残っていない。あの日を境に、きれいさっぱり消えてなくなった。今でも那奈が幽霊だったなんて信じられないし信じたくもないが、もうこれは事実として受け入れるしかないのだ。だって、事実として、那奈はもういないのだから。彼女が幽霊だったとしても、俺は今でも那奈を愛し続けている。那奈との思い出を噛みしめたくて、夕方、例のカフェに足を運んだ。つい先日、二人で来たばかりなのに、なんだかそれが遠い昔のように感じられる。那奈と過ごした思い出を、温かいコーヒーを飲みながらひとつひとつ、詳細に思い出す。楽しかった会話が、鮮明に記憶によみがえってくる。那奈の冗談を思い出して、思わずにやける。最後の時、那奈は最初に俺を見た時にどきどきしたと言っていた。合コンで見つめあっていた時、那奈は俺と同じことを感じていた、ということだ。ただ、俺も同じ気持ちだったということを、那奈に伝えることはもうできない。この喜びを那奈と共有することは、もうできないのだ。色んな記憶を辿っていくうちに、思わず涙が零れそうになった。もうこのへんにしておこう。  

外はもう暗くなってきていた。以前那奈と約束していた都内の公園に足を運んだ。冬の夜は、震えるほど寒い。風が吹き抜ける度に、心が折れそうになり、家に引き返したくなる。

 やはりクリスマスなだけあって、公園はカップルで溢れかえっている。寒いけれど、みんな心は温かそうだ。幸せそうな男女を観ていると、無性に涙が出そうになる。だが、泣くわけにはいかない。那奈は、俺のことを守ってくれたのだ。俺が泣いたら天国の那奈が悲しむに違いない。

 それにしても、クリスマスに一人で公園など来るべきではなかった。当然那奈はいないし、心も体も冷える。それでも、ほんの少しだけ、大きなツリーを目の前で見てみたい。

 ツリーに近づくにつれ、その輝かしさと迫力がはっきりと視界に移りこんでくる。ずっと上を見上げて歩いていたせいで、人とぶつかってしまった。

「す、すみません」

「もう! 雅人ったらどこ見て歩いてるの!」

「那奈! 那奈?」

「へっへっへ。雅人、メリークリスマス! びっくりした? 神様がね、約束くらいは守りなさいって。今日だけ特別に許してくれたんだ。本当の、クリスマスプレゼントだね!」

「那奈! メリークリスマス! 本当に、本当に会いたかった!」

「私も会いたかった! 大好き」

 言葉はもういらない。科学的根拠なんてもはやどうだっていい。神様に心から感謝だ。俺は聖なる夜に、特別なプレゼントを貰った。嬉し涙が込みあげてくる。那奈もあふれる涙を堪えようともしない。俺は那奈をきつく抱きしめた。思いきり、心ゆくまで抱きしめた。那奈の体からは、幽霊とは思えないほどの温もりを感じた。


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愛の強さ 星の国のマジシャン @wakatsukijaji

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