第19話
翌日、寝起きの那奈に昨晩のことを遠回しに聞いてみたら、まったく覚えていないと言っていた。
那奈と初めて出会った時のことを思い出すと、感慨深い。あの時はまさか、こんな素敵な関係になれるなんて夢にも思っていなかった。当時、合コンで酔っていた俺に教えてやりたいものだ。きっと、一発で酔いを醒ましてしまうだろう。
一緒に暮らすようになったというのもあり、俺と那奈の距離は、どんどん縮まっていった。那奈の笑顔、声、優しさ、一緒に過ごした思い出が、頭の中にこびりついて離れない。これが最近は田川だったのだから、雲泥の差である。どこにいても、いつの時も、頭の中は那奈のことでいっぱいになり、毎日が楽しくて仕方なかった。先日までとはまるで、違う人生を送っているかのようだった。傷も回復し、痣だらけで酷かった顔も元通りになったので、大学にも再び通うようになり、新しくアルバイトも始め、俺の生活は非常に充実していた。
二人で映画を観に行った。映画館まで足を運ぶなんて、いつ以来だろう。これも、田川が捕まって安全になったからこそできることだ。
以前観に行ったときは俺の好みを優先させてもらったので、今回は那奈の好みである恋愛映画を観ることにした。恋愛映画は一人だったらほとんど観ないし好きでもないが、那奈と並んで観て、登場人物に感情移入すると妙にどきどきした。結果、意外と面白かった。
映画の後には二人でカフェに行った。これは、以前からのパターンだった。このカフェは、那奈との初めてのデートで行った所だ。店に入ると、那奈と出会った時のことから今まで、色んな思い出が蘇ってくる。そうだ。ここは思い出の場所なのだ。今、こうしてここに訪れたことも、また次に訪れる時には、素敵な記憶となって思い出されるのだろう。カフェで、俺たちは映画の感想を語り合った。
「観てよかったよ。なんだか、元気をもらえる映画だったね」
「でしょ。話題になってたから観たいと思ってたんだ」
「なんかさ、主人公と自分を重ね合わせて、どきどきしちゃったよ」
「えー! 雅人、あんなかっこよくないじゃん!」
「そういうことじゃないだろ! ていうか、失礼な!」
楽しかった。重要なのは、話の内容が面白いかどうかではない。那奈と他愛もない会話をすることが、何より楽しかった。俺たちはその後も、遊園地やレストラン、水族館など、色んな所に一緒に出掛けた。楽しい思い出を、たくさん作った。俺は那奈と一緒に過ごすことができるという幸せを噛みしめながら、毎日を過ごした。
これからはもっと二人で一緒に色んなところに遊びに行けるし、色んな話ができる。誰にも邪魔されない。そう、思っていた。
しかし、そんな幸せな日々も、そう長くは続かなかった。田川が再び、脱走したのだ。
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