第15話

 爆音のせいで、交代で玄関の外を警備していた警察官が、ぞろぞろと部屋に入ってくる。何事かと部屋の電気をつけると、俺のすぐそばには血だらけの女性が横たわっていた。心臓が止まりそうになる。洋服から女性であるとの判断はつくものの、顔が血で真っ赤に染まっており、もはや原形をとどめていないため、年齢は分からない。血の量からして、その女性が死んでいることはあきらかだった。無機質だった俺の部屋が一気に狂気に溢れた空間と成り果てた。どういうことだ。やがて警察官のひとりがあっと大声をあげた。なんと、天井には大きな穴が開いている。女性は上の階の住人だったのだ。しかし、なぜこんなことに。考える暇もなく、天井に開いた穴からもう一人、降りてきた。それはなんと、田川だった。

「おい、おめえ、久しぶりじゃねえか。うっすい床で助かったぜ」

 床は決して薄くなどないはずだ。どんな方法を使ったのか知らないが、田川の力が人間離れしているだけだ。田川は自分の拳についた血、おそらく女性のものであろう血を嬉しそうに舐めながら、俺の顔を見てきっしっし、と笑っている。

「取り押さえろ!」

 警察官のうちの一人が言うと、全部で四人の警察官たちは一斉に田川に飛び掛かった。しかし、四人がかりでも田川を抑えることはできず、一人、二人と思いきり殴られ、ものの数秒で警察官は全員気絶した。死んでしまった者もいるかもしれない。こうなったら逃げるしかない。無駄かもしれないが、一か八か、俺は窓の方へ走り出した。窓から飛び降りて逃げよう。飛び降りて、頭を打ちつけて死ぬのも良い。田川に殺されるよりはマシだ。田川にだけは殺されてたまるか。絶対に殺されない。しかし、俺の希望はいとも簡単に崩れ去った。田川の素早い動きによって足首をぎゅっと掴まれ、転ばされた。足首がぎゅんぎゅん痛む。おそらく、骨が折れたのだろう。これで抵抗することはできない。仰向けになった俺に、田川は馬乗りになる。一発。二発。三発。これまでで一番強いパンチだ。きっとなにがなんでも俺を仕留める気なのだろう。何度も顔をぼこぼこに殴られ、もはや痛いのかどうかすらよくわからない。

 数十発殴られたところで、田川は手を止めた。もう俺の顔は変形しているだろう。どうせ殺されるのだ。いっそのこと、さっさと殺してくれ。それでも、田川は薄気味悪くきっしっし、笑いながら俺の顔を覗き込んでいる。あれだけ殴ったのに、少しも息を切らしていない。まったく、恐ろしいモンスターだ。

 しばらく手を休めた後、田川は自分の着ていたコートの内側から、銃を取り出した。終わった。今度こそ殺される。間違いない。そう思った、その時だった。

 銃声が聞こえた。俺は殺された。そう思っていたが、それは間違いだった。窓の外を警備していた警察官が玄関へ回り込み、田川が銃を持っている右手を狙撃したのだった。

「うおおお!」

 田川はうめき声をあげた。勇猛果敢な警察官は続けて田川を狙撃した。田川は俺に覆いかぶさるように倒れた。背中に命中したらしい。俺は助かった。狙撃の得意な警察官のおかげで、助かったのだ。田川は病院に搬送された。あれだけの殺人鬼を病院に運ぶなんて、と複雑な気持ちにもなったが、ついに脅威は去った。全身が死ぬほど痛むが、こんなものは屁でもない。俺はもう、田川に怯えながら生活しなくてもいい。自由に行動することができるのだ。

 その後、俺は病院に運ばれた。これで三度目だ。そしてまた同じ病院、病室だった。

それにしても、恐ろしい男だった。田川庄次郎。もう二度とあんな怪物が世の中に出てこないよう、神に祈るばかりだ。幸い、俺のことを警備してくれていた警察官たちは気絶こそしたものの、命に別状はないらしい。本当に良かった。仮に他人である俺のために命を落としたとした、あまりに可哀そうだ。俺もそのことがショックで、一生心に傷を負って生きていくことになっていただろう。

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