第14話
電話を切った後、刑事の言葉ひとつひとつを思い起こすと、無性に腹が立つ。ただでさえしばらくの間、引きこもり生活をしていてストレスが溜まっていた俺は、思わず部屋の壁を殴りつけた。ごん、と大きな音が出る。拳にはじんとした痛みが走る。壁を殴った音が外まで響いていたようで、慌てて警察官が部屋に入ってきた。
「どうかしましたか!」
「いえ、すみません。ちょっとストレス溜まって、物にあたってしまって」
「そうですか。あまり思いつめないでくださいね」
憐れむような目で俺を見た後、警察官はまた外に戻っていった。
苛立っていたせいで那奈に電話するのを忘れていたが、向こうからかかってきてようやく俺は我に返った。
「もしもし雅人? 具合はどう? 入院中、お見舞いに行けなくてごめんね。ずっと家にこもりっきりでストレス溜まってるでしょ」
流石は那奈だ。俺の今の心中を察してくれる。気の利く、優しい人だ。
「そうなんだよ。てかさ、俺が那奈と出会ったのって、合コンの時だよね? あの大人数の」
「え? 今さら何言ってるの? 私たち向かいの席に座ってたんじゃん。そこで盛り上がって意気投合したから、今こうして付き合ってる」
「そうなんだけどさ、田島のやつが、那奈なんて合コンに来てないっていうんだよ、ライングループにもいないだとか言ってさ」
「私、直前で行くこと決まったからライングループには入ってないよ」
良かった。やはりそうだ。俺は間違っていなかった。俺はいたって正常だ。田島や刑事のせいでもしかして自分は本当に幻覚を見てしまっているのかもしれないと、少しでも疑った自分を思いきりぶん殴ってやりたい。
「刑事なんかさ、ひでえんだよ。那奈のこと、想像上の彼女なんじゃないかっていうんだぜ」
「そう」
あれ、思っていた反応と違う。俺は軽い冗談のつもりで言ったので、那奈なら笑い飛ばしてくれると思っていた。ところが那奈はさらに不思議なことを言いだした。
「想像上の彼女なのかもね、私」
「ちょっ、どういうことだよ」
「ははは、冗談だよ! 何本気にしてるの?」
「はあ? 馬鹿にしたな!」
その後は他愛もない会話を楽しんで通話を終えたが、いつもより若干会話がぎこちなかった。電話を切った後もさっきの那奈の反応が気になって、頭から離れなかった。あの時だけ、いつもの彼女とはどこか雰囲気が違うような気がした。気のせいなら良いが、ひょっとすると少し気に障ったのかもしれない。たしかに、刑事の言っていたことをそのまま伝えるなんて馬鹿みたいだ。俺だって良い気はしなかったというのに。
那奈との電話が終わると、数分もしないうちにまた電話がかかってきた。今度は多恵からだった。思わずため息をついた。ただでさえ一日に色んな人と電話して体力を消耗しているのに、多恵とはとても話す気になれない。ただ、ここで無視してしまうと、次から鬼のようにかけてくる可能性も考えられたし、それに多恵にはしっかりと話さなければいけないことがあるということは自覚していたので、思い切って電話に出ることにした。電話に出ても、軽くあしらっておけば良い。ただそれだけのことだ。
「もしもし、雅人? 元気?」
「ああ、元気だよ。心配してくれてありがとう」
感謝の言葉は述べたものの、警戒心を取り払ってはいけない。ぶっきらぼうな口調は崩さないようにした。
「で、こないだの話なんだけどさ、多恵との関係を元通りにすることはできない」
「え? なんで? どうして? どういうこと? 待って、私が悪いなら謝るよ、だからさ」
「今、付き合ってる人がいるんだ」
怒涛に捲し立てていた多恵が、この言葉によってようやく静かになった。
「誰なのよ」
「そんなのは誰だっていいだろ。それよりさ、俺たちが付き合ってるって、刑事の人に言っただろ。やめてくれよ。そういうの。迷惑だ。俺たちはもうさ、なんでもないんだからもうこれでおしまいね」
言うことだけ言って、一方的に電話を切った。少し悪いような気もしたが、仕方ない。これ以上多恵とは関わりたくなかったので、ラインのトーク履歴を削除し、ブロックした。そうでもしないとまた何度も何度もストーカーのように電話をかけてくる恐れがあったからだ。ラインのブロックという機能は便利だが、ブロックするのに結構な労力がかかる。労力というのは、作業が大変、ということではない。ボタンひとつでブロックくらいできる。ここでの労力とは、精神的な負担のことだ。いくら自分で決断したことでも、なんだかとても精神的に疲れる。できることならばあまりこういう手は取りたくないものだ。それっきり、この日は誰からも電話はかかってこなかった。精神的疲労の大きい日だった。
最近、体を動かしていないせいで、夜、なかなか寝つけないことが多かったが、この日は布団に入ってからすんなり眠りに入ることができた。しかし夜中、とてつもない謎の爆音によって起こされることになった。
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