第7話

 体の震えが止まらない。つい先日、会話を交わした人間が殺されたのだ。退院したら、俺もまた狙われるだろう。恐ろしい。警察はなぜ、田川を捕まえることが出来ないのだろう。一体、何をやっているんだ。このままだと、俺だけでなく那奈の身も危ない。そう考えると、俺はこんなところで震えている場合ではないと強く思った。早く彼女のもとへ行かなくてはならない。だいたい、今、那奈と付き合っているのが俺であるという情報を仕入れた男だ。那奈がどこに住んでいるかなんて、すぐに調べあげてしまうだろう。

 刑事は、田川を元プロボクサーだと言っていた。たしかに、俺が受けたパンチは相当な威力だったし、警察官を殴り殺すなんてことは普通の人間ならば絶対にできないことだからだ。ただ、自分が惚れた女性の恋人に嫉妬しただけで、なぜその家族まで皆殺しにすることができるのだろうか。さらには、美容整形外科の人たちや、警察官など、もはや見境がなくなっている。人間というものはそんな簡単に人殺しになってしまうものではないと思う。俺には田川の気持ちが到底理解できなかった。

 田川のことをネットで調べてみた。たしかに、有望なボクサーだったようだ。しかし、ボクサーとして活躍していたのはたったの三年の間だけだった。なぜボクシングを続けなかったのか、その理由を調べてみると色んな説が出てきたが、その中で最も有力だと思うものがあった。対戦相手が脳震盪を起こして死んでしまったことがきっかけで、闘うことが怖くなってしまった、という説だ。事実として、その試合を最後に田川はボクシングをやめている。普通に考えて、今の奴を見れば、奴が人を事故で死なせてしまったくらいで怖気づくとは思えない。しかし、よくよく考えてみれば、現役最終戦までの田川は、まともな思考を持った人間だったのだと思う。だから、事故とはいえ一人の人間を死なせてしまい、相当精神的に病んだことだろう。悩んで、悩み続けて、その結果、死というものが田川にとって遠い存在ではなくなってしまったのかもしれない。もっとも、俺がいくら妄想を膨らませたところで田川が狂った原因なんてわからないし、何かしらの原因があったところで、田川が人を殺していい理由など、あるわけがない。こんなことをいくら考えても無駄だ。脳を休めるため、寝ることにした。

 幸い俺は二、三日で退院することができた。

 退院して那奈の家に顔を出してみた。那奈は俺の痛々

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