第28話 永遠の十七歳
「そぉっとね。優しくゆっくり挿れて」
「お、おう……」
先ほどの積極性が嘘のように、身体を固くしている。
ゆっくりと耳掻きを挿入し、耳の壁を緩く掻く。
「あっ……」
「大丈夫?」
「うん……もっと奥まで挿れていいよ」
「無理すんなよ」
ゆるゆると掻きながらゆっくりと耳の奥へと進んでいく。
「んんっ……」
美羅乃さんは俺のシャツをきゅっと掴んでくる。
左耳の時よりまだ大分浅い位置だ。
奥に進むのを一旦止めて、サリサリと壁を掻く。
「うっ……あぁ……そこ、もっとして……」
力加減が分からないので弱々しく掻き続ける。
「もっと……強くして」
「こ、こうか?」
「あぁっ……そうっ……上手っ……はぁっ……」
「わ、動くなって」
「だってっ……気持ちいいから」
美羅乃さんは『はぁはぁ』と熱い吐息を吐く。
それが俺の股間にかかるので、なんだか変な気分にさせられてくる。
(やばっ……鎮まれっ)
ムクムクと反応しそうになり、慌てて下腹部に力をこめる。
ただの耳掻きなのに、なんでそんなにセクシーなんだよ、美羅乃さん……
「もう少し奥まで、来て……」
「これ以上は危ないって」
そろーっと耳掻きを抜く。
「あ、抜いちゃ駄目……」
「あんまり耳掻きをしすぎるとよくないらしいぞ」
正直言えば、もう少し悶える姿を見てみたかったが、これ以上ほいろんな意味で危険な気がしてやめておく。
「はぁ……気持ちよかったわ」
美羅乃さんは僕の太ももの上に顔を乗せたまま、くてっとする。
「役に立てたならよかったよ」
そう言いながら、美羅乃さんの腋に腕を差し込んで引っ張り起こす。
ぷにゅっとした柔らかさがちょっと気まずかった。
「明日は体育祭ね」
美羅乃さんが寂しそうに呟く。
「ん? そうだったっけ?」
そんなこと興味もないし忘れていたという風に返事をすると、美羅乃さんは力なく微笑んだ。
「無愛想そうに見えて優しいのね」
美羅乃さんは俺の手のひらの上に自らの手のひらを重ねてくる。
しかしいつものような蠱惑的ではなく、助けを求めるような感じだった。
「人生で一度くらいは運動会とか体育祭に参加したかったな……」
「大袈裟だな。今年が駄目でもまた来年あるだろ」
馬鹿の振りをして笑う。
しかし大粒の涙をこぼす美羅乃さんを見て、笑いが止まった。
「来年かぁ……それまで生きていられるかな、私」
「当たり前だろ。美羅乃さんが死ぬかよ」
美羅乃さんは、なにかを言おうとしたように見えた。
しかし開いた口から漏れたのは嗚咽だけだった。
自分が医者でもなければ、ましてや神でもないということが、無性に悔しかった。
俺に出来ることといえば、息を詰まらせながら嗚咽する彼女を抱き締めてやるだけだった。
「ごめんなさい……取り乱しちゃって」
落ち着いた美羅乃さんは、恥ずかしそうに俺の腕からすると抜けた。
「そんなこと気にするなよ」
「年上なのに、恥ずかしい」
「年上って……たった一歳だろ」
「高校生の一歳年上って大きいでしょ」
「そうか? 一歳年上は何歳だろうが一歳差だろ」
言わんとしていることは分かっていたけど、わざと惚ける。
美羅乃さんはテーブルに置いていた手鏡を取り、じっと自分の顔を見つめた。
「今は一歳年上だけど、来年は同い年になるんだよ。再来年は私が一歳年下。私はどんどん志渡くんより年下になっていくの」
「変なこと言うなよ」
「でもちょっとだけラッキーかも」
「なんで?」
「だって結華ちゃんだって、蒼山さんだって、みんな年を取っていくのよ? いずれシワも増えるし、染みも出来る。でも私はいつまで経っても永遠に十七歳のまま。若くて美しい記憶のまま志渡くんの記憶の中に住み着くの」
いつもの美羅乃さんらしく、妖艶に微笑む。
「なに言ってんだよ。美羅乃さんは……元気だろっ!」
不意に涙がこみ上げて、息が詰まった。
美羅乃さんは俺の手を取り、自らの胸に押し当てた。
たゆんと柔らかな感触がした。
「私の心臓の鼓動を感じる? 今は動いてるけど、近い将来止まるの。不思議よね。今はちゃんと動いているのに」
「なんで胸を触らせるんだよ。脈を診るなら手首だろ、普通」
「それはもちろん、おっぱいを触ってもらいたかったからよ」
相変わらずの『美羅乃さんらしさ』がなんだかよけい悲しくて、涙が次から次と溢れてきた。
「俺が年上になるとは限らないぞ。もしいま俺が死んだら、俺の方が年下のままだ」
実際俺は突き落とされた。あの時死んでいた可能性だってある。
「ふざけないで!」
突然美羅乃さんは大きな声を上げて怒った。
「死ぬなんて、簡単に言わないで!」
美羅乃さんは涙をこぼしながら俺を睨む。
「志渡くんは生きて。私が生きられない分、長生きして。死ぬなんて、言わないで……」
「ごめん……」
「そんなにすぐに死んだら、許さないんだから」
美羅乃さんは俺の胸に顔を埋めて泣いていた。
「俺は死なないよ。美羅乃さんのことも、忘れない」
美羅乃さんは震えながら泣いていた。
彼女の悲しみや苦しみ、不安や寂しさを癒したくて、ずっと頭を撫でていた。
そしてそのとき確信した。
美羅乃さんは俺を突き落とした犯人ではない、と。
こんなに命を大切に思う人があんなことするはずがない。
俺を道連れにしたいだなんて、美羅乃さんは微塵も考えていない。
それだけは間違いたいだろう。
記憶喪失になったら美少女たちが次々と「私が彼女です」と名乗り上げてくるけど、この中に一人俺を突き落とした犯人がいる 鹿ノ倉いるか @kanokura
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