第27話 お見舞い

 いよいよ明後日が体育祭である。

 古都子ちゃんは毎日練習を頑張っていた。

 そのおかげでかなりフォームがよくなり、スピードも上がってきた。


 一方、二人三脚のパートナーである北岡は一度も練習をしなかった。

 美羅乃さん批判の時の俺の態度が気に入らなかったらしく、余計ギクシャクした態度になっていた。


 そして美羅乃さんは未だに学校に来ていなかった。

 よほど重症になってしまったのだろうか?

 俺が走らせてしまったせいで取り返しのつかないことになってしまった。

 いても立ってもいられなくなり、養護教諭の藤末先生のもとに行った。


「美羅乃さんの入院先の病院を教えてください」

「またその話? 申し訳ないけど、生徒の個人情報は教えられないの」

「お願いします! 俺のせいで、美羅乃さんは……」

「自分を責めすぎよ、志渡くん。別に走ったことだけが二俣さんの体調悪化ではないわ」

「いえ。俺があんなことをさせなければ、美羅乃さんはあんなことに……」


 悔しさで拳を握り締める。

 そんな俺を見て、藤末先生が笑った。


「みんながあなたを好きになるのが、なんとなく分かったわ」

「え?」

「とにかく入院先は教えられないの。規則だから」

「そこをなんとか」


 藤末先生は俺に背を向け、わざとらしく紙を落とした。

 拾い上げると、そこには俺が記憶障害の検査をした病院の名前と部屋番号が記されていた。




 翌朝。定期便の船に乗り、俺は島を出て紙に書かれた病院へと向かった。

 その病院は島を渡ったすぐ先にある。

 書かれた病室は個室で、『二俣美羅乃』と書かれてあった。


 面会謝絶とかではなく、扉は開かれていた。

 美羅乃さんはなんの感情も感じられない無表情で、窓の外に視線を向けていた。


 コンコンとノックをすると美羅乃さんが振り返る。


「おはよう、美羅乃さん」

「し、志渡くんっ!?」


 俺の姿を認識した瞬間、美羅乃さんはかぁぁーっと顔を赤くして、布団で顔を隠した。


「なんでここに志渡くんが」

「お見舞いに来たんだよ」

「もう! 来るなら連絡してよ」

「連絡したくてもスマホが使えないから」

「来ないで。ちょっと外で待ってて。いいよって言ったら入ってきて」

「わかった」


 普段のセクシーキャラとは全然違ううろたえぶりだ。言葉遣いもまるで違う。

 おそらくあれが素の彼女なのだろう。


「いいわよ。入ってきて」

「お邪魔しまーす」


 美羅乃さんはベッドに腰掛け、普段より薄めのメイクを施していた。


「困った人ね。夜這いは夜にするものよ」

「お、キャラ戻ったんだ?」

「なんのことかしら。私はいつもこうだけど」


 しれっと誤魔化そうとしてくるが、薄いメイクだから顔の赤さは隠せていない。


「ごめんな、美羅乃さん。俺があんなバカなことさせなければ」

「なに言ってるの。言ったでしょ、私の病気は生まれつき。志渡くんのせいじゃないわ」

「でも無理をさせなければこんなことには」

「これくらい大したことないわ。考えてもみて。本当に大変なことになっていれば、面会謝絶でしょ。そんなことより、ほら」


 美羅乃さんは妖艶に微笑んで俺を手招きする。

 隣に座れということのようだ。

 誘われるままに俺は隣に腰掛ける。

 するとぽてんと倒れて俺の太ももに頭を乗せてきた。


「え? 膝枕?」

「耳掃除をして」


 そう言いながら美羅乃さんは耳掻きを渡してきた。


「こ、ここで? 看護師さん来ない?」

「お願い。耳が痒くて、もう我慢できないの」

「仕方ないな」


 贖罪の気持ちもこめて美羅乃さんの髪を後ろに流して耳の中を覗き込む。

 よく考えれば人の耳の中を覗き込むなんてはじめてのことである。


「あー、たしかに細かいのが少しあるかも」

「口に出して言わないで。恥ずかしいわ」


 妙に艶やかな声で呟く。

 人の耳掻きをするなんてもちろん生まれてはじめてのことだ。

 恐る恐る耳掻きを挿し入れ、入り口付近をそっと掻く。


「もっと奥まで入れて」

「こう?」

「もっと」

「なんか怖いんだけど」

「大丈夫だから、お願い。奥がいいの」

「あまり耳の奥まで挿れない方がと聞いたことがあるけど?」

「お願い……意地悪しないで」


 美羅乃さんは瞳を潤ませ、切なそうに俺を睨む。


「わ、わかった。痛かったら言えよ」

「うん……あっ、そこ……そこが気持ちいい」

「痛くない?」

「大丈夫……もう少し強くして」


 暗くて中が見えないので、文字通り手探りだ。


「ああっ……!」

「痛かった!?」

「ううん。大丈……っあ……きもちい……」


 美羅乃さんはうっとりと目を閉じ、湿り気のある吐息を漏らしていた。


「取れたか?」


 スッと耳掻きを抜く。


「いやっ……抜かないでっ……いじわる」


 美羅乃さんが俺の腕をぎゅっと握り、訴える目付きをした。


「抜かなきゃ耳垢が取れないだろ。ほら、結構大きなのが取れたよ」

「そ、そんなもの見せないで。恥ずかしい」

「恥ずかしい? そうかな」

「お願い、もっと」

「左はもう綺麗だから、次は右耳ね」

「そう? わかった」


 逆側に座り直そうとするより早く、美羅乃さんがくるっと向きを変えて右耳を上にした。


「え、ちょ、ちょっと」

「早く……」


 美羅乃さんの眼前に僕の股間がある姿勢になってしまう。


「はぁ、仕方ない。じっとしててよ」

「実は私、左耳より右耳の方が敏感なの。優しくしてね」

「了解」


 暴れられたら危ないので慎重にしなければならない。








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