第25話 憶測で言わない
翌朝のSHRで担任の先生が美羅乃さんの告げた。
クラスメイトたちは「またエステ?」とかざわつく。
「二俣さんはお父様がお仕事で海外に出張されることになりました。それに同行するとのことでしばらくお休みになります」
理由が告げられるとクラスの騒ぎは大きくなった。
「なにそれ? あり得なくない?」
「なんで親に同行するわけ?」
「遊びたいだけじゃね?」
みんなが口々に好き勝手なことを言うのが、悔しくてギュッと唇を噛む。
でも俺だって昨日のことがなければ、口には出さないまでも同じようなことを思っただろう。
「いない人のこと、あれこれ言うのはよそうよ」
みんなのことを注意したのは、意外にも桃瀬さんだった。
「美羅乃ちゃんには美羅乃ちゃんの家の事情があるんだよ、きっと。お父様のお仕事の手伝いをしてるのかも知れないし」
桃瀬さんに正論を言われ、噂話をしていた生徒たちは不快そうな顔をしていた。
「なにあれ?」
「いい子ぶって志渡くんにアピってるんじゃない?」
「ていうか恋人候補のライバルがいなくなって喜んでるのは桃瀬さんじゃないの?」
聞こえる程度の声量でこそこそと好き勝手を言い始める。
「いい加減にしろよ、お前ら」
我慢の限界に達し、声を荒らげながら立ち上がる。
「憶測でものを言うなって注意されたのに、更に憶測で陰口を叩くとか、バカなのか?」
陰口が聞こえた方を見回すと、次々とみんな視線を逸らしていった。
重い空気になったが、担任が無理やり話をまとめてSHRは終了となった。
ビミョーな空気は午前中いっぱい続き、昼休みは桃瀬さんが彼女のターンだった。
「今朝は助けてくれてありがとう」
空音さんが真剣な顔で頭を下げた。
「いや。俺の方こそありがとう。美羅乃さんのことあれこれ言う奴を見てムカついていたのに、場の空気に気圧されてなにも言えなかった。桃瀬さんが言ってくれてスッとしたよ」
「みんな人の事情を知らないのに、好き勝手言いすぎだよね」
桃瀬さんは悲しげに力なく笑っていた。
もしかして桃瀬さんは美羅乃さんの事情を知っているのだろうか?
そんな疑問が胸をよぎったとき、桃瀬さんは意外なことを口にした。
「私も色々あるから、そんなことを感じるのかな」
「そうなんだ」
「やっぱり覚えてないよね」
どうやら一度聞いていたようだ。
記憶障害を改めて疎ましく感じてしまう。
「ごめん」
「ううん。仕方ないよ。私のお母さんは小さい頃、病気で亡くなってね。お父さんと二人で暮らしてたの」
「ああ、それで料理が上手いんだ?」
「うん。家事は私が担当してたからね。でもそのお父さんも、私が小学校卒業する頃に仕事の事故で亡くなっちゃって」
「あっ……」
そこまで言われて、急に記憶が戻った。
「それで遠い親戚の養子になったんだよね」
「思い出してくれたんだ!? ありがとう。実際は当初引き取り手がいなくて保護施設に入って、それから今のお父様とお母様が養子として引き受けてくれたの」
今の養父母は裕福だが子どもがおらず、遠縁の彼女が施設に入っていると聞いてすぐに迎えに来てくれたらしい。
「お父様とお母様にはとても感謝しているの。だから私もお父様の頼みであれば、それに従うつもり。美羅乃ちゃんにもきっと家庭の事情があると思うんだ」
痛みのある人は他人の痛みを知ることが出来る。
桃瀬さんは辛い思いをして、それを乗り越えて優しく強くなれたのだろう。
「はい、暗い話はおしまい。じゃあこれからイチャイチャ恋人タイムでーす! はい、あーん」
「いきなり変わりすぎだろ!? っていうか自分で食べられるから」
「あーん」
「いや、だから」
「あーーーーん」
口元に卵焼きを持ってきてゆらゆら動かしている。
ふざけて笑っている顔は天真爛漫で可愛すぎた。
仕方なくパクッと食らいつく。
「おいちいでちゅか?」
「赤ちゃんじゃないんだから」
「そうだね。私たちまだ赤ちゃん作ることしてないもんね」
「なんか今日はキャラが違わないか?」
「美羅乃ちゃんはセクシー、蒼山さんは才女、古都子ちゃんは愛らしくて、雅ちゃんはお嬢様。摩耶ちゃんはボーイッシュでカッコいい。私もキャラをつけないと負けちゃうもん」
「いや、摩耶は関係ないだろ」
「分かんないよー。ああ見えて、実は志渡くんのことを狙ってるかも」
桃瀬さんは浮気を疑うかのように俺を睨む。
「それはないって。あいつは全然そんな素振りないし」
「どうかなー? 志渡くんって意外と鈍いからなー」
「憶測で他人のことを言わないって話をしていたところだろ」
「それとこれとは別。恋のライバルについてはあれこれ勘繰っちゃうの」
まったく都合のいい話だ。
「さて、次はなに食べちゃうー? そう、から揚げだね!」
「なにその変なしゃべり方?」
「だからキャラ付けだってば。今のは歌のお姉さん風」
「出来れば他のキャラでお願いします」
「えー? いいと思ったのになー」
この明るくて陽気な性格が十分なキャラ付けなのに、本人はまるで気付いていないようだ。
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