第24話 美羅乃さんの秘密
小一時間が過ぎ、カーテンが静かに開いて藤末先生が出てくる。
「美羅乃さんの具合はどうですか?」
「あら、志渡くん。待っててくれたの?」
「熱中症でしょうか?」
「ええ、まあ。そんなところよ」
藤末先生は言葉を濁すようにそう答えた。
「隠さなくていいわよ、先生」
美羅乃さんがベッドで半身を起こしてこっちを見ていた。
顔色はまだ優れていない。
「美羅乃さん、大丈夫か?」
「とりあえずって意味なら、そうね。大丈夫よ」
笑っているが、無理をしているのは傍目にも分かった。
「私は心臓の病気なの。生まれつきよくなくてね。十歳まで生きられないって言われたそうよ」
「えっ!? じゅ、十歳までって」
「ウケるでしょ。私、もう十六歳なのに。お医者様の言うことも、全然あてにならないものね」
美羅乃さんはおかしそうにクスクス笑う。
「じゃあ病気は──」
「治ってないわ。いつ心臓が止まってもおかしくない状態なの。十六歳で終わるはずの人生の、言わばアディショナルタイムってところね」
「そんなっ……」
全然笑って話す内容じゃない。
それでも美羅乃さんは笑っていた。
精一杯の強がりなんだろう。
そんな彼女が痛々しくて、つい目を逸らしてしまった。
「そんなことも知らず、俺は美羅乃さんにランニングなんてさせて……」
「そんな顔しないで。知らなかったんだから仕方ないでしょ。こっちに来て、志渡くん」
「美羅乃さん、ごめん」
ベッドのそばにいくと、美羅乃さんは俺の手を握った。
「ベッドに座って、頭を撫でて」
俺は言われるままにした。
美羅乃さんの髪はふわふわと柔らかく、女の子の香りがした。
美羅乃さんはピトッと俺の胸に顔を寄せる。
「もしかしてたまにエステに行くって言うのは……」
「もちろん嘘。本当は病院に行ってるの。本当は入院してないといけないんだけど、どうせ死ぬなら、最期くらいは好きにさせて欲しいってわがままを言って」
「そんな……本当のことを言えばいいのに」
みんなエステ通いする美羅乃さんに呆れている。
本当のことを言えば、誰にも非難されることはないのに。
「それはダメ。もうすぐ死ぬなんてバレたら、みんなから同情されるでしょ? そういうの、嫌なの。普通に生きて、そして逝きたいの」
「そっか……」
その気持ちは理解できる。
俺も変に同情されたり、気を遣われるのが嫌で、転校することが決まっていても、直前まで誰にも話さなかった。
まあ俺の転校と美羅乃さんの病気とではレベルが違うけど。
「あの、それと……この際だからもうひとつ隠してることを告白するけど」
美羅乃さんは怯えた上目遣いで俺を見る。
その目は病気を告白するときより、緊張しているようだった。
「ま、まだあるのかよ?」
「実は私、今年十七歳なの。つまり志渡くんたちより、一歳年上なの」
思い詰めた態度の割に、これまででもっともどうでもいい内容で拍子抜けする。
「なんだよ、そんなこと。別に大した話じゃないだろ」
「そ、そんなことないわっ。だって志渡くんは同い年の人が好きだって言ってたじゃない」
「あれは別に深い意味なんてないよ。ロリコン疑惑かけられたから適当に答えただけ」
笑いながら答えると、美羅乃さんはキョトンとした顔になる。
「ほんと? そんなこと言って、本当は年増の女なんて興味ないんじゃないの?」
「年増って……一歳上だろ。そんなの年増とは言わない。誤差範囲だろ」
「そうなんだ。よかった……」
美羅乃さんは心底ホッとした顔になる。
「そんなに安心すること?」
「もちろん。人生のアディショナルタイムの私にとって、志渡くんに嫌われるか好かれるかは一番大切なことなの」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないわ。人生最後の、そして人生最初の好きになった人なんだから」
「えっ!? 初恋なの?」
「ずっと病院生活だったのよ。現実にはかっこいいお医者さんとか、同じように長い入院をしている男の子との出会いなんてないの」
不意に美羅乃さんのこれまでの人生に思いを馳せ、目頭が熱くなった。
「あ、でも同情とかで恋人にならないで。私はきちんと選ばれて恋人になりたいの」
「……分かった」
「激しい運動は出来ないけど、その分私はたっぷり指やお口で悦ばせてあげるわ」
「な、なにをっ……」
「んっんー」
美羅乃さんの過激な発言に藤末先生が咳払いで注意する。
「なんで美羅乃さんはそんなエロキャラを貫いてるんだよ。初恋っていうなら、その、そういう経験ないんだろ」
「もちろん処女よ。でもそういうことに興味津々のお年頃なの。どうせ最期なんだから、思い切り好きなように振る舞ってるの」
美羅乃さんはシャツの上から俺の胸の先っぽを弄ってくる。
「ちょ、やめろって」
「ふふ。顔赤くしちゃってかわいい」
妖艶に笑う顔はとても病人には見えなかった。
「分かってるとは思うけど、病気のことはみんなには内緒にして欲しいの」
「もちろん美羅乃さんがそうしたいなら従う。けど俺はやはり言った方がいいと思う。体育をサボってるとか、学校をサボってエステとか、あんまりみんなよく思ってないから」
「……そうね。まあ、ちょっと考えておくわ」
家まで送っていこうと思ったが歩くのも大変らしく、今日は藤末先生が来るまで送っていくこととなった。
一人きりの帰り道、俺は何度も美羅乃さんのことを思い出していた。
死を覚悟して高校に通う。
同じ立場でも俺には絶対出来ないだろう。
美羅乃さんはとても強い人だ。
エロいけど。
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