第23話 交換条件

 北岡は相変わらず俺と二人三脚の練習をせず、放課後は仲間たちと摩耶の部活風景の見物に行ってしまう。

 一方古都子ちゃんは毎日練習を繰り返していた。


 その結果、彼女は走るのが少し上達する代わりに、体調を崩してしまった。

 お見舞いに行ってあげたいが、残念ながら住所を知らない。


 それに今日はちょっとやりたいことがあった。

 美羅乃さんのことである。


「美羅乃さん、ちょっといい?」

「あら、放課後に志渡くんから声をかけてくるなんて珍しい。どうしたのかしら? ついに私の魅力に負けたのかしら?」


 美羅乃さんは髪をかきあげながら流し目で俺を見る。


「体育祭の練習を一切してないみたいだけど、大丈夫なのか?」

「それはもちろん。私は不参加だからなんの問題もないわ」

「まあ欠席するのも自由だけど、学校行事くらいちゃんと参加した方がいいんじゃないのか?」

「課外学習とかは参加するわ。テストも受けてるし。修学旅行はどうかしらね。行き先が素敵なら参加するわ。ニースなんかいいかしら?」


 美羅乃さんは指で毛先をくるくると弄びながら答えていた。


「そういういいとこ取りみたいなことしても、あんまいい思い出は残らないんじゃないかな」

「あら、どうして? 若いうちに苦労をしないとろくな未来が待ってないとか言うのかしら?」

「未来のことは分からない。けど、思い出って大変だったり、辛いことの方が残りやすいと思わないか? で、そういうこともあとからはいい思い出になる」

「辛い思い出なんていらないわ。私は楽しいことだけしてたいの」


 美羅乃さんはニッコリと微笑む。


「それもなんか味気ないじゃん。少なくとも俺は美羅乃さんと一緒に体育祭に出たいけどな」

「え? 志渡くん、私と体育祭に参加したいの?」

「なんか面白そうだろ。気取った美羅乃さんが汗まみれで走る姿」

「悪趣味ね。まあ志渡くんがそこまで言うなら、参加してあげてもいいわ。ただし」


 一旦言葉を切り、美羅乃さんは不適に笑う。


「無理やり参加させられるんだから、それなりのこ褒美は要求するわよ」

「な、なにを要求するつもりだ?」

「それはもちろん、言わなくても分かってるでしょ?」


 美羅乃さんは指先で擽るように俺の太ももを撫でた。


「あら? 怖じ気づいたのかしら?」


 俺が拒否ることを見越して体育祭に参加すると言ってきたのだろう。

 ここで逃げれば、美羅乃さんの思う壺だ。


「よし、分かった。ご褒美をあげるよ」

「えっ、いいの?」

「もちろん。でも体育祭当日だけ参加とか許さないからな。走る練習から体育祭は始まってるんだ」

「えっ……れ、練習もさせられるの?」


 今度は美羅乃さんが怯む番だ。


「当然だろ。ほら、グラウンドに行くぞ」

「今すぐなの!? 残念、ジャージがないわ」

「そんなの、俺のを貸してやるよ」

「……意外と志渡くんって積極的なのね」



 ご褒美の誘惑には勝てなかったのか、美羅乃さんはジャージに着替えてグラウンドに向かう。

 おせっかいかもしれないが、美羅乃さんにも普通の高校生活を送らせたかった。


 着飾ったり、エステに行ったりは大人になっても出来る。

 でも大人になれば体育祭とか文化祭はない。

 今しか出来ないことをせずに後悔する人生にさせたくなかった。


 準備体操を終えてから走る練習を始める。

 予想はしていたが、美羅乃さんはかなり走るのが遅かった。

 古都子ちゃんほどではないが、かなりひどい。


 しかも普段ストーカー行為をしている古都子ちゃんより体力がなかった。

 五十メートルを二回走っただけで、息をぜぇぜぇ切らしている。


「走るときは両手を大きく振って、脚は踵がお尻につくくらいあげると速くなるよ」

「こうかしら?」

「そうそう。なかなかうまいな」


 古都子ちゃんと比べると飲み込みはいいようだ。

 天然の運動音痴というより、普段走ってないだけなんだろう。


「よし、次はそれを意識して走ってみて」

「わ、分かったわ」


 教え通り、なかなかきれいなフォームで走る。

 これなら古都子ちゃんより早く上達するだろう。

 そう思っていたとき──


「美羅乃さん!?」


 急に美羅乃さんが倒れた。

 つまずいたというよりは崩れ落ちる感じだった。

 慌てて駆け寄ると、青い顔をして虚ろな目をしていた。


「大丈夫!?」

「保健室……保健室に、連れていって……」

「分かった!」


 慌てて抱き上げ、保健室へと向かう。

 美羅乃さんはぐったりとして、はぁはぁと苦しそうな息遣いを繰り返していた。


「先生、すいません。二俣さんが倒れまして」

「美羅乃ちゃんが!? 大変。すぐにベッドに寝かせて」


 普段はのんびりした養護教諭の藤末先生が急に緊迫した顔になる。

 言われた通りに寝かせると、カーテンを引いて俺をその外に追い出した。


 一体なにがどうなっているのか、さっぱり分からない。

 ただ不安に駈られながら、俺は保健室の椅子に座り成り行きを見守っていた。




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