第21話 特訓

 朝のショートホームルームの議題は体育祭についてだった。

 自主性を重んじる校風なので司会は委員長である蒼山さんが担当している。


「では次に二人三脚ですが──」

「はい! 私が志渡くんとペアになります!」


 食い気味に反応したのは桃瀬さんだった。

 手を大きくあげ、身を乗り出している。


「あら、桃瀬さん。奇遇ね。私も同じことを思っていたわ」


 美羅乃さんが桃瀬さんを見てニッコリと微笑む。


「美羅乃ちゃんは日焼けするのが嫌だから体育を休んでるでしょ。志渡くんとは私が走るよ」


 二人ともにこやかだけど冷たい火花が散っている。


「おいおい。喧嘩するなよ。仕方ないなぁ。あたしが一緒に走るよ」


 摩耶が二人をなだめる。


「二本松さんはリレーのメンバーなので二人三脚はしません。仕方ないのでここは委員長である私が走りましょう」


 蒼山さんは真面目な顔をして、しれっとそう言った。


「その手には乗らないから!」

「職権乱用ね」

「自分がやりたいだけだろ」


 三人が秒でツッこんでいた。




 ……で、結局、


「なんで私が志渡のパートナーにならなきゃいけないわけ?」


 俺のパートナーに選ばれたのは北岡きたおかだった。

 彼女が撰ばれた理由は身長が同じぐらいだということと、走る速度も女子の中ではそこそこ速いということ、そしてなにより──


「二人三脚って足首を結ぶんでしょ? 志渡と密着するのなんて、無理なんだけど」


 俺のことが大嫌いだからだ。


「悪いな。まぁ決まったことだから諦めて」


 俺としても無駄な争いが避けられるなら、大助かりだ。

 露骨に嫌ってくる相手がパートナーというのは嬉しいものではないが、修羅場に陥るよりはましである。


「ごめん、北岡。我慢して。お願い」

「ま、摩耶さんの頼みなら……分かりました」

「俺の時と態度違いすぎだろ!」


 北岡は熱烈な摩耶のファンである。

 だから摩耶を独り占めしている俺のことが嫌いなんだろう。



 放課後、北岡を練習に誘う。


「おーい、北岡。二人三脚の練習しようぜ」

「は? 無理。志渡と足を結んで肩組むなんて最悪だから。本番だけにしてよ」

「二人三脚は息を合わせるのが一番大切なんだぞ? 練習した方がいいだろ」

「そんなにしたけりゃ一人ですれば?」


 北岡はさっさと教室を出ていく。

 どうせ陸上部の見学でもしに行くのだろう。

 困った奴だ。


 そもそも二人三脚の練習を一人でやるなんて聞いたことがない。

 そりゃたしかに体育祭の競技なんてどうだっていいんだろうけど、もう少し真面目に取り組もうという意思はないのだろうか?

 せっかく生徒の数に見合わないほどの大きなグラウンドがあるのに、練習しないなんてもったいない話だ。


 第一グラウンドは体育祭の練習やら部活動の生徒で賑わっている。

 とりあえず体育祭に向けて走っておこうと第二グラウンドへと向かった。

 第二グラウンドは少し遠いので生徒の数も少なくて空いている。


「ん? あれは……」


 見るとグラウンドの隅で一人で走っている生徒がいた。

 背格好や不格好なフォームを見れば、一目で古都子ちゃんだということが分かった。


「古都子ちゃんも練習?」

「し、志渡くんっ! はい、そうです!」


 まだそれほど走ってないだろうに、玉のような汗を流している。

 運動が本当に苦手なんだろう。


「一人で練習なんて偉いな」

「私はリレーなんで、みんなの足を引っ張らないようにしなきゃいけないので」

「へぇ。見上げた心掛けだな。北岡にも聞かせてやりたいよ」


 リレーは速い人と遅い人が混合でチームを作らなければいけない。

 摩耶は速い人、古都子ちゃんはもちろん遅い人での参加だ。


「普段運動してないんで、すぐ息が切れちゃうんです」

「俺をストーキングするときは俊敏に動いてるくせに」

「あのときは必死ですから……って、ストーカーなんてしてません」

「はいはい」


 ストーカーモードになればもう少し速いのだろうけど、あれは煩悩の動きだから普段は出来ないのだろう。


「走るときは背筋を伸ばして手を大きく振るんだ。まずは走らなくていいからやってみて」

「こ、こうですか?」


 古都子ちゃんはブリキのおもちゃみたいにカクカクしく動く。


「そうじゃなくて背中はこう。肘は90°に曲げて、こう振るんだ」


 やって見せても相変わらず古都子ちゃんほカクカク動く。


「だからそうじゃなくてこう。腕はこう」


 もどかしくなって腕や背中を触れて教える。


「ひゃうっ!?」

「あ、ごめん。つい」

「い、いいんです。身体に触れて教えてください」

「そうか? 分かった」


 いつもなら卒倒して悶絶をするだろうが、走るコツを聞く彼女は真剣だった。

 俺が触ってもヘラヘラすることもなく、真面目に取り組んでいる。


「こうですか」

「そうそう。動きはそんな感じ。でももっと腕は速く大きく振らないと」


 俺の教えに従い、古都子ちゃんは全力で動く。

 飲み込みは悪いけど、必死さは伝わってきた。







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