第20話 モテモテ摩耶
体育祭が近付いてきて、練習の日が増えてきた。
「キャー! かっこいい!」
「頑張ってー!」
「素敵……」
「結婚してー! 摩耶様ぁぁー!」
黄色い声を浴びているのは、俺じゃなくて摩耶だ。
摩耶は圧倒的な速さで一着になると、ショートボブの髪をパサッと揺らして玉の汗を飛ばした。
男の俺から見てもイケメンだ。
「やっぱり摩耶ちゃんはかっこいいねー!」
桃瀬さんまで黄色い声ではしゃいでいた。
理由もなく女子にもてはやされるのにうんざりしていたくせに、摩耶がモテているとなんだか複雑な気持ちになる。
走り終えた摩耶にタオルを持って駆けつけるファンも何人かいた。
みんなの視線が摩耶に集まるなか、大分遅れて古都子ちゃんがゴールする。
軽く流した摩耶は息を切らした様子もないが、古都子ちゃんはそのまま倒れそうなくらいゼェゼェいっていた。
どうやら古都子ちゃんは走るのが苦手のようだ。
「ずいぶんとモテモテだったな、摩耶」
放課後、いつものように俺の家にやって来た摩耶にそう伝えた。
「そりゃあたしは陸上部で走るのが速いからねー」
「それだけじゃないだろ。普通に走ってる姿がカッコよかったしな」
ボソッとそう言うと、摩耶はニターッと笑う。
「あれー? もしかして人気奪われて嫉妬してる?」
「バカ。ふざけんな。人気が摩耶に移ってくれてせいせいしてるっつーの」
「安心して。あたしのブームなんて体育祭までの命だから」
これまでもそういう経験をしてきたのか、摩耶はやけにサバサバしていた。
「っていうかさ。なんか別に俺、モテてなくね?」
段ボールいっぱいのラブレターとかもらっていた割に、記憶が戻ってからは受け取っていない。
「寂しいの?」
「だから違うって。でも話に聞いていたのとは違うから、なんか違和感がある」
「それは多分桃瀬たちの影響だな」
「どういうこと?」
「これまではみんなが牽制しあいながら志渡を狙っていたけど、いきなり三人も彼女だと名乗りあげたからな」
摩耶は楽しそうにニヤリと笑う。
「学園一の美少女桃瀬と学園一セクシーな美羅乃。更には学園一の才女、蒼山。そんな状況で志渡に言い寄っても勝ち目がないと諦めたんだろう」
「あー、なるほど」
「もちろん隙あらば狙ってる子も大勢いるみたいだけど、ひとまずは静観しているようだよ」
不特定多数から言い寄られるよりは、三人に絞られている方がましなのかもしれない。
まあその三人がかなりぐいぐい来るから、それはそれで厄介なんだけど。
「で、誰にするか決めた?」
「そんなお気楽に聞くなよ」
「だってお気楽だもーん。三人とも美少女だし、選り取り見取りじゃん」
摩耶はあぐらをかいたまま、だるまのようにゆらゆら揺れている。
「そういう問題じゃないだろ。誰が本当の彼女だったのか思い出さないと。三人とも彼女じゃない可能性もあるし」
「真面目だなぁ、志渡は。彼女が出来たら他の女子も寄ってこないし、いいんじゃない?」
「いや。浮気させようとやって来る奴もいるだろ」
「あ、そっか。それはあるかも」
付き合ってから浮気するなんて最低なことだ。
だから好きでもない人と軽々しく付き合うわけにはいかない。
「それに、ほら。そもそも例の問題があるだろ」
「誰かに突き落とされたかもしれないって話?」
「突き落とし犯と付き合うわけにはいかないからな」
「うーん……でも本当に突き落とされたのかな?」
摩耶は首を捻りながら唸る。
「それは間違いないって。背中を押されたっていう記憶だけは、しっかりと残っているからな」
「背中を押されたって記憶でしょ? 突き落としたんじゃなくて、他の理由で誤って押したっていう可能性もあるよね。で、大ごとになって言い出せないのかもしれない」
それは考えたことのない可能性だった。
でも人を突き落とすというよりはあり得ることだし、そうであって欲しいとも思える話だ。
「背中を押す理由ってなんだろう?」
「蚊がいたとか?」
「それは叩く程度でしょ。押したりはしない」
「そっかぁ……じゃあ気合いをいれるためとか?」
「あんなところで? なんか不自然だな」
「せっかく考えてあげてるのに否定ばっかしないでよ。志渡もなんか考えてよ」
「そうだなぁ……早く行きたいのになかなか進まない俺が邪魔だった、とか?」
「おー、なるほど。それならあり得るかも」
摩耶はポンッと手を打つ。
「でもなんでそんなに急いであの塔を上っていたのかは謎だよな。なんにもない塔なんだから、そんなに慌てて上る意味がない」
「なんか特別な景色でも見に行ってたんじゃない? 日の出とか、日が沈む瞬間とか」
「ありそうな話だけど、俺が転落したのは昼過ぎだ。日の出とか日の入りの可能性はない」
「すぐそうやって否定ばっかするなー!」
「摩耶こそ案を却下されたくらいで怒るなよ」
なかなかこれだという案は思い浮かばない。
でも事故だったという可能性は簡単に諦めたくない魅力があった。
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