第18話 それぞれの価値観

 翌朝登校すると──


「志渡くん、会いたかったよー!」


 美羅乃さんが両手を広げて飛びついてきた。


「わぷっ⁉⁉⁉」


 美羅乃さんは俺の頭を掴み、グイっと自らの胸に押し付けてきた。


「ちょっと美羅乃ちゃんっ⁉ それは反則だよ。淑女協定違反!」


 桃瀬さんがすっ飛んできて美羅乃さんから俺を引き剝がす。


「あら? 桃瀬さんも志渡くんの顔を胸に押し付けてもいいのよ。まあゴツゴツして痛いでしょうけど」

「なっ……わ、私だってある程度あるもんっ! 美羅乃ちゃんほどぼいんぼいんじゃないけど、ぷにゅってくらいはするんだからね!」


 桃瀬さんは胸を反らして膨らみをアピールする。

 女子校のようなノリが見ていられず、思わず顔を背けた。

 今日もハードな一日になりそうだ……


 昼休みは昨日休みだった美羅乃さんが彼女となる番に変更となった。


「二日間、休んでたな」

「志渡くん、寂しかった?」


 美羅乃さんは妖艶な笑みを浮かべる。


「学校休んでエステに行ってたんだって?」

「そうよ。身体の手入れはしっかりしないと、ね」

「へぇ……まあ価値観は人それぞれでいいと思うけど、学校を休んでまでエステに行くというのは、俺にはちょっと理解しがたいな」


 モヤモヤッとしていたことを伝えると、美羅乃さんは少し悲しそうな顔をした。


「あ、ごめん。別に美羅乃さんの生き方や価値観を否定しているわけじゃないから。ただ俺とは違う考え方っていうだけで」

「ううん。志渡くんに嫌われちゃうのは嫌だから、これからは控えるね」


 予想外のしおらしい言葉にちょっと驚いた。


「美羅乃さんは美しさを保つのがアイデンティティなんだろ? 俺のためにそれを曲げなくていいよ」

「ふふっ……」

「どうした?」

「ううん。やっぱり志渡くんはやさしいなぁって思って」


 美羅乃さんはふわっと柔らかく笑った。

 いつものような男を惑わすような笑みではなく、心を許した相手にだけ見せる笑顔である。


「じゃあ、そんなやさしい志渡くんにプレゼントです。はい」


 可愛らしい封筒を渡される。

 もしや今さらラブレターだろうか? 

 案外可愛らしいところもあるようだ。


「開けてみて」

「目の前で見てもいいの?」

「もちろん」


 封筒を開けると中には手紙ではなく、写真が入っていた。


「っっっって、なんだよ、これっっっ!!」


 そこには紐のような細い水着姿の美羅乃さんの上半身が写っていた。


「どう? 刺激的でしょ?」

「ほとんど裸だろ、これ!」

「裸じゃないわよ。ちゃんと水着を着てるし、大切なところは隠れているでしょ?」


 美羅乃さんはくすくす笑いながら俺のリアクションを愉しんでいる。

 やっぱり美羅乃さんは美羅乃さんだ。


「ほら。目を逸らさずにちゃんと見て」


 美羅乃さんは俺の隣に座り、ぴとっと密着して写真を見せてくる。


「ほら、ここにほくろがあるの」

「お、おう」

「右と左、どっちの方が大きいと思う?」

「さ、さあ……」


 今朝の柔らかな感触を思い出し、更に気まずくなってきた。


 本当に美羅乃さんはなにが目的でこんなことをしてるのだろうか?

 キョどる俺を見て喜ぶなんてどういう性癖なんだ。


 そうだ。俺が照れるから面白がってからかってくるんだ。

 なんでもない振りをして相手にすれば、いずれ飽きてくれるかもしれない。


「それにしてもこの水着、いくら何でも小さすぎるだろ」

「小さい頃の水着だから」

「いや、そういう小ささじゃないから。どこの親がこんな紐みたいな水着を子どもに着させるんだよ」

「ちなみに今着けてる下着はシースルーの透け透けだよ」

「マジかー。学校に着けてくるものじゃないな。ってか校則違反なんじゃね?」

「信じてないでしょ? 見てみる?」


 美羅乃さんはブラウスのボタンを外し始める。


「ストォォーーップ!」


 慌てて美羅乃さんの手を握って止めさせる。

 マジでこの子は上限知らずのアホなのだろうか?

 止めなかったら本当にここで胸を見せてきただろう。

 チキンレースは完璧に俺の敗北だった。


「見なくていいの?」


 美羅乃さんは俺を試すような目で微笑む。


「美羅乃さんには羞恥心とかないのか?」

「もちろんあるわ。でも好きな人に綺麗な身体を見てもらうというのは恥ずかしいことじゃないから」

「いや学校の昼休みにセミヌードを披露するっていうのは充分恥ずかしいことだと思うよ?」

「そう? 価値観の違いね」

「もし価値観が違うなら、もう少し世間と合わせた方がいい」

「あら? 志渡くん、さっきは自分の価値観を大切にしろって言ってくれたじゃない」


 美羅乃さんは涼しい顔でそう言った。

 やはり彼女は俺のような童貞で太刀打ちできるような相手ではなさそうだ。


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