第17話 お父さんとの電話
その日の夜のことだった。
自宅の電話に父さんから電話があった。
「よう、光之助。記憶喪失になったんだって?」
あっけらかんとした様子でそう訊いてきた。
「もうずいぶん前に電話で伝えただろ。応答してくれなかったから留守番電話に録音しただけだけど」
「悪い悪い。また嘘をついて学校を辞めたいとか泣き言を言ってくるのかと思ったんだ」
「どんな父親なんだよ、まったく……」
小説家の父さんは常に自由で、独特の感性をしている。
そういうところが嫌いではないのだけど、息子の危機の時くらいは普通にして欲しいものだ。
医師の診断結果やどれくらい記憶が戻ってきたかを説明する。
もちろん誰かに突き落とされたということは伏せておく。
「へぇ。もしかして恋愛感情のもつれで突き落とされたんじゃないのか? あっはっは!」
「そ、そんなわけないだろ」
小説家だけあって想像力豊かな人だ。
ヒヤリとさせられた。
「だって光之助、お前モテてるんだろ?」
「それは男女比率がバグってるからだ。普通の学校に通ってたら見向きもされないって」
「そんなことないだろ。ほら、小学五年生のころだっけ? サトウさんとかいう女の子と仲良かったじゃないか」
「いつの話だよ、それ。俺だって忘れかけてたよ」
過去の栄光にもほどがある例を挙げられ、恥ずかしくなる。
「いずれにせよ、光之助みたいな優しい男はモテるって話だ。顔立ちだって俺に似ず、母さん似だから悪くないし」
「それ、いつも言うよな」
俺の母さん、お父さんの奥さんは俺が小学生に上がる頃、病気で亡くなった。
だから俺は母さんのことをよく覚えていない。
「まあ大きな怪我もなく、記憶もそのうち戻るっていうから心配はないよ」
「そっか。困ったことがあれば言うんだぞ」
「ありがとう」
「で、蓬莱さんところの娘さんとはどうなんだ? 確か雅ちゃん、だっけ?」
急に父さんの声がニヤついたものに変わる。
「どうって?」
「いい感じにやってるのか?」
「いい感じってなんだよ。まあ、それなりに仲良くしてるけど」
「蓬莱さんと話してたんだ。光之助と雅ちゃんがくっついたらいいなって」
「はあ!? なに親同士で話し合ってるんだよ」
父さんと理事長が知り合いだとは聞いていたが、そんな砕けた話までする仲だとは思っていなかった。
「雅ちゃんはなかなか気難しい子らしいな。でも本当は努力家で優しいところもあるらしいぞ」
「知ってるよ」
黒焦げだけど卵焼きを作ってくれたり、嫌われ役になってまで僕を女子から守ろうとしてくれたりしている。
根はいい奴なんだろう。
「ちょっと勝ち気でつっけんどんなところがあるから、なかなかみんなの輪に入れないらしいんだ。恋人になるというのは冗談半分だけど、仲良くしてくれると助かるよ」
「わかったよ」
雅の性格は親御さんも心配しているようだ。
本当は悪い人じゃないということをみんなにも知ってもらえれば、きっと友達も出来るだろう。
「それはそうと、父さん。俺が高校でどんな生活を送っていたか、話してなかった? 友達のこととか、勉強のこととか、なんでもいいんだけど」
「うーん。そんなにこまめに連絡とかしてなかったからなぁ……摩耶ちゃんって子と仲良くしていたっていうのは聞いたな。一番気が合うんだって言ってたぞ」
「やっぱりそうなんだ」
「付き合ってるのかって聞いたら、そういう関係じゃないって怒られたんだ」
父さんは受話器の向こうで愉快そうに笑っていた。
「そりゃそうだよ。摩耶とはそういう関係じゃないからね」
「あとは、そうだなぁ……代官山じゃなくて、表参道じゃなくて……あ、そうだ。アオヤマだ。アオヤマさんって人のことを気にしてたな」
「アオヤマって委員長の蒼山さん?」
意外な名前が出てきて驚いた。
「そうそう。委員長で頭がいいんだって言ってたな」
「気にしてたって、どういう風に?」
「なんだっけなー? 原稿書きながらハンズフリーで電話してたから上の空で聞いてたんだ」
「なにそれっ!? 息子が電話してるのに適当すぎるだろ!?」
「ごめんごめん。締め切り前で忙しかったんだよ」
お父さんは特に悪びれた様子もなく、笑っていた。
「それっていつ頃の話?」
「確か五月頃だったな」
「ずいぶんと前の話だな」
五月といえば俺と蒼山さんがはじめてまともに会話した頃の話である。
確か自転車で坂を下ってきた蒼山さんが転び、俺が駆け寄ったことで仲良くなったはずだ。
「なんだかずいぶんとアオヤマさんのことを気にかけてる様子だったぞ」
「そうなんだ。ありがとう」
お父さんとの電話を終え、かつて日記帳としてしようしていたノートを取り出した。
今はこのノートに取り戻した記憶を元に人物相関図やパーソナルデータと書いている。
●摩耶のことは父さんにも親友だと紹介していた。
●雅と俺が付き合うことを両家の親が望んでいた。
●五月頃、俺は蒼山さんのことを気にかけていた(?)
今日の電話で得た情報を書き加える。
「なんか意外だな……」
違和感を覚えたのは蒼山さんのことだ。
お父さんに話すくらいなのだから、結構気にかけていたということなのだろう。
蒼山さんとは正直そこまで親しくはなかったのではないかと思っていたが、意外と深い仲だったのかもしれない。
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