第16話 雅の卵焼き
一学期のことは次第に記憶が戻ってきたものの、肝心の夏休みや二学期の記憶が戻らないまま、二週間が過ぎていた。
記憶が戻らないということは、当然ながら三人彼女体制は続いており──
「今日のお昼休みは美羅乃の予定なんだけど、休みかぁ……」
摩耶がスケジュール表を確認しながらそう言った。
摩耶はアイドルの敏腕マネージャーのように俺のスケジュールの管理をしてくれている。
「美羅乃さんって昨日も休みじゃなかったっけ?」
「多分エステじゃないかな?」
「エステに行くのに二日も休むのか?」
「この島にはエステはないの。美羅乃はわざわざ船に乗って島外のエステに行ってるみたい」
いつも色気全開の美羅乃さんは、そうやって女子力を磨いているようだ。
高校生とは思えない艶やかさを思えば、納得できる話である。
とはいえ学校を数日休んでエステに行くというのは、俺の価値観から言えばあり得ない。
やはり美羅乃さんは彼女ではなかったんじゃないだろうか?
「まあ美羅乃が休みなら仕方ない。公平にするため、あたしが──」
「ふざけないで。二本松摩耶はいつも志渡くんにベッタリでしょ」
意義を申し立ててきたのは理事長の娘である雅だ。
今日もトレードマークである白いリボンのカチューシャを着けている。
「ベッタリって……友だちなんだから一緒にいて当然だし」
「今日は私とランチ。さあ、来なさい」
「あ、ちょっと」
雅は無理やり俺の手を引いて歩き出す。
相変わらず強引な奴だ。
うちの学校の校舎はやたら広い。
なんのために存在しているのか不明な棟もある。
足を踏み入れたこともない棟のやたら豪奢な部屋に連れて行かれた。
「ここは?」
「私専用の部屋よ」
「ええー!? 雅って、自分専用の部屋を作ってもらってるのかよ!? いくら理事長の娘とはいえ特別扱いされ過ぎだろ!?」
「まさか。私がたまたま見つけて勝手に自分の部屋って言ってるだけ。お父様はむしろ私を特別扱いしないよう、教師たちにも言い聞かせているみたいなの」
雅は不服そうに鼻を鳴らす。
「そんなことより! 貴方、ずいぶんと楽しそうにしてるじゃない。とっかえひっかえ女子とイチャイチャして!」
「楽しんでるわけないだろ。勝手にスケジュール組まれているから、従ってるだけで」
「その割には盛り上がってるみたいじゃない? なんか最近新しい女の子も増えたし」
「新しい女の子?」
「ほら、小学生みたいな顔をした子よ。デレデレお世話してるじゃない」
「あー、それは古都子ちゃんだよ」
対人恐怖症ぎみな彼女のため、多少お世話のようなことはしていた。
雅はよそのクラスなのに、相変わらず抜け目なく観察しているようだ。
「は!? 古都子って、斑鳩古都子のこと!?」
「そうだよ。前髪を切ったらあんな感じなんだ」
「嘘……信じれない……髪切っただけでアイドル並みの美少女なんて……そんなのチートよ、チート!」
雅は意味不明なキレ方をしている。
驚いて観察していると、彼女は「んんっ」と咳払いをして冷静を装うった。
「ま、まぁ、いくら可愛いといってもお子ちゃまじゃね。見た目小学生だし? 落ち着きのある大人な私の魅力には敵わないわ」
雅は長い髪をバサッと手で払ってなびかせる。
でも大人の魅力というなら美羅乃さんだし、落ち着いた女性というなら委員長の蒼山さんだ。
まあ、怒るだろうから言わないけれど。
「なによ、その目」
「なんにも言ってないけど」
「どうせ私のことをなんにも出来ない、可愛いだけが取り柄の天使のような女の子だと思っているんでしょ?」
ずいぶんと厚かましい想像だが、まあ実際に見た目は可愛いのでスルーする。
「じゃじゃーん! 今日はお弁当作ってきたのよ。食べさせてあげてもよくてよ」
「ずいぶんと用意がいいな」
「二俣美羅乃が島外に行ったことは分かってたし、昨日帰ってきてないのも確認してたの。だったら今日のお昼、貴方がフリーになるって思って」
なかなかすごい執念で、ちょっと引いた。
「わざわざありがとう」
「か、勘違いしないでよ。別に貴方のために作った訳じゃないんだからね。たまたま多く作りすぎただけ!」
「いまさっき、美羅乃さんの予定まで確認した話をしてただろ! さすがにそれは無理があるぞ」
重箱の中には豚の角煮、白身魚のフライ、和風ステーキ、山菜の天婦羅、伊勢海老のグラタンなど豪勢なメニューが詰め込まれていた。
その全てがまさに絶品だった。
それと同時に、全てがレトルトや冷凍食品なのだろうということも気付いた。
「ん?」
重箱の隅に黒く焦げた卵焼きがグチャッと置かれていた。
「あ、それはダメ!」
雅に阻止されるより早く、それを箸で掴んで口に放り込む。
焦げてるから苦いし、味が濃くて、変に甘い。
「吐いて。吐き出して」
「美味しいよ。この卵焼き」
「絶対嘘!」
「雅が作ってくれたんだろ?」
「そ、そうだけど」
捨てずに重箱に詰めたということは、努力を見せたかったに違いない。
それを笑うほど、俺は最低の人間じゃない。
「でももっと美味しく出来る。調味料の分量を測るのは大切かな。あとフライパンも熱すぎる」
「一口食べただけで分かるの?」
「もちろん。美味しくしようと努力してくれた気持ちまで伝わってくるよ」
そう伝えると雅はみるみる顔を赤らめていった。
「べ、べつに私は」
「俺のために作った訳じゃないんでしょ?」
「そ、そうよ。たまたまなんだから!」
素直じゃないけど根は優しい。
照れ隠しで怒る雅の顔を見ていると、自然と頬が緩んでいった。
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