第15話 古都子ちゃんの過去

 そのまま放置するわけにも行かず、古都子ちゃんを俺の部屋に連れていった。

 幸い家が近かったので助かった。


 どうやら可愛いと褒めたら喜びで気絶したらしい。

 前髪を横に流して寝顔を見たが、やはり美少女である。


「んんっ……」

「お、目覚めたか?」

「ここは?」

「俺の部屋だ。突然気絶したから連れてきた」

「し、ししし志渡くんのお部屋ぁぁぁ!?」

「ちょっと待て。また気絶するなよ」

「は、はい。堪えます」


 古都子ちゃんは大きく深呼吸をしている。

 落ち着けるためにしているのだろう。

 鼻腔いっぱいに匂いを嗅いでいるのではないと信じたい。


「なんで自分の顔が醜いと思ってるんだ?」

「こ、こどもの頃にからかわれまして……それで自分がブサイクなのだと知りました」

「誰だ、そんなこと言った奴は」


 人の見た目をからかうだけでも許せないのに、こんなに可愛い古都子ちゃんをブサイクだなんてからかうとは許せない。


「私は子どもの頃から無口で、はっきりしない子だったんです。だから友だちもいなくて。みんなには不気味な存在に見えたんだと思います」

「あー……子どもの頃って人とちょっと違うといじめたり除け者にしたりするもんな」

「志渡くんも経験あるんですか?」

「俺は転校が多かったからな。無視とかイジメとかまぁまぁあったよ」

「そんなっ……かわいそう」

「でも鈍感なふりしてやり過ごしたよ。そのうち仲良くなる人もいたしね」


 そう言うと古都子ちゃんはビックリした顔になる。


「そのうち仲良くなることもあったんですか?」

「はじめのうちは集団心理も働いてみんな近寄らないけど、いずれ変わっていくよ」

「すごいです……さすが志渡くん」

「古都子ちゃんも勇気を出して普通に生活してたら、そのうちみんなと馴染めると思うよ」


 古都子ちゃんはキョトンとした顔をして聞いていた。


「まずはその前髪を切るか横に流して、顔を見えるようにしてごらん。それだけで変わっていくと思うから」

「む、無理無理無理無理っ! これは私の生命線ですから」

「目が見えない相手だと向こうも怖いんだ。実際俺だって目が見えてる今の方が話しやすいし」

「き、気持ち悪くないですか?」

「まさか。古都子ちゃんは可愛いから、みんなから好かれると思うぞ」


 古都子ちゃんほ顔を赤くして口をモニュモニュさせていた。


「志渡くん、私の顔、見たいですか?」

「もちろん」

「じゃ、じゃあ頑張ります。でもひとつだけ、お願いが……」



 ──

 ────



 月曜日の朝──


「あの子、誰?」

「志渡くんの隣にいるから妹ちゃんじゃない?」

「でもうちの高校の制服着てるし」

「てか可愛くない?」


 みんながこちらを見て、噂話をしている。

 隣を歩く古都子ちゃんは緊張でロボットのような歩き方になってしまっていた。


「すごい見られてます。やっぱり気持ち悪がられているんじゃ……」

「みんな可愛いって噂してるよ」


 日曜日に髪を切らせたので古都子ちゃんの顔は、はっきり見えるようになっていた。

 顔を見せることの条件として古都子ちゃんが要求してきたのは、俺が一緒に登校することだった。


 教室に到着し、古都子ちゃんが自分の席に座ると、教室に驚きの声が轟いた。


「謎の美少女の正体って古都子ちゃんだったの!?」


 驚いた様子で摩耶がすっ飛んできた。


「は、はい……すいません」

「なんで謝るの。可愛すぎてビックリしただけだって」

「可愛いだなんて、そんなっ……」


 古都子ちゃんは慌てて前髪で顔を隠そうとする。

 しかしスッキリと軽くした前髪では当然顔は隠せない。


「ダメダメ。せっかく可愛いのに隠さないで」

「も、桃瀬さんまで」

「絶対今の方が似合ってるし可愛いから」

「そ、そうでしょうか?」



 みんなから褒められ、ようやく自分が醜い顔立ちではないと信じはじめた様子だった。


「蒼山さんもそう思うでしょ?」

「そうね……前髪が目にかかっていると視力も落ちるので、その髪型の方がいいと思います」


 委員長の蒼山さんらしい言い方でイメチェンした古都子ちゃんを支持した。


「ね? 言った通りでしょ?」


 俺がポンッと肩を叩くと、古都子ちゃんは恥ずかしそうに微笑む。


「は、はい……志渡くんのおかげです。ありがとうございます」

「それにしても童顔だよね。肌もつるつるだし」


 摩耶が覗き込むと、古都子ちゃんは肩をすぼめて固くなった。


「す、すいません。子どもみたいですか?」

「褒めてるの。もうっ! いちいち怯えないで。あたしが悪いことしてるみたいでしょ」



 この日のお昼は摩耶の呼び掛けもあって、古都子ちゃんを含めて大人数で昼食を摂った。

 まだかなり緊張している様子だったけど、古都子ちゃんはとても嬉しそうにしていた。


 自分を嫌っている人の悪意ある言葉というのは、ときに胸に深い傷を与える。

 でもそれで萎縮して、人生を無駄にする必要なんてない。

 そんなのは全部無視して、楽しく生きていけばいい。


 どうせなにをしたところで、そんな奴らはこちらを嫌ってくるのだから。

 そんな奴らの機嫌をとって仲良くする必要なんてない。

 自分のことは自分で守り、愛してやればいい。

 それが俺なりの処世術だ。



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