第14話 ストーカーの素顔

「えっと、ごめん。ここで俺と桃瀬さんはなにかあったの?」

「ううん。いいの。志渡くんが思い出してくれるまで待ってるから」


 桃瀬さんは俺に背を向けて、砂浜をゆっくりと歩き出す。


「ゆっくりでいいから、思い出してね」

「でも教えてもらった方が、記憶が甦るかもしれないし」

「それはダメ」


 桃瀬さんは長い髪をふわりと弾ませて、くるっと振り返る。


「だって記憶を失った志渡くんにあれこれ教えたら、本当のことなのか、嘘のことなのか混乱させちゃうでしょ。本当にあったことみたいに嘘をついたら、信じちゃうかもしれない」

「確かに……それはそうかも」

「だから私はなるべく志渡くんに教えたくないの。自分で思い出して、そして……」


 そこまで言うと、桃瀬さんは顔を赤くして固まった。

 まるで子どものような、あどけない表情だった。


「そして、なに?」


 続きを促すと、桃瀬さんは僕のもとへと駆け寄ってきた。

 ぶつかるんじゃないかと焦り、思わず彼女を抱き止めた。


「すべて思い出したら、もう一度、プロポーズして欲しい」


 桃瀬さんは俺の耳に口を寄せ、擽るような小声でそう囁いた。


「プ、プロポーズ!? それって付き合って欲しいって言うことじゃなくて、その」


 桃瀬さんは真っ赤な顔をして、俺のおでこに自分のおでこをピトッと密着させる。

 目の前に桃瀬さんの美しい顔が迫る。


 これほど近くで見ても、桃瀬さんはやはりアイドルのように可愛い。

 衝撃的な話とキスする寸前のように近づいた顔という二大要素で、俺の心臓は破裂しそうなほどドクドクドクドクッッと脈打っていた。


「もちろん『将来結婚しよう』っていう、プロポーズだよ」


 おでこから桃瀬さんの照れが伝播したように、俺も顔が熱くなった。


「お、おお俺がそんなこと言ったのか!?」


 驚いて訊ねると、桃瀬さんはぴょんっと跳ねて俺と距離を取った。


「さぁ、どうでしょう? 嘘かもしれないよー?」


 桃瀬さんは照れ隠しのように舌を出して笑う。

 必死に記憶を遡ろうとしたが、やはりプロポーズの記憶は甦らなかった。


「ね? 記憶ないのにあれこれ教えられるとパニクるでしょ? だから私は志渡くんが思い出してくれるまで待つよ」

「う、うん。ありがとう」


 確かにこんな可愛い女の子が恋人ならば、舞い上がる気持ちも分かる。

 しかし結婚の約束までするだろうか?

 高校生にもなれば、それがそんなに軽い言葉じゃないことくらい理解している。


「あ、こんなところにもゴミが落ちてる。もうっ! みんなマナー悪いんだから」


 桃瀬さんは話題を変えるようにゴミを拾いはじめる。


「本当だ。風で飛ばされてきたのかな?」


 僕もそれに乗っかり、思い出したように清掃を再開した。

 そうやって関係ないことでごまかしあうくらい、俺たちはお互いに不器用だった。


「さて、私の島内案内はここまでです」


 砂浜の清掃を終えた桃瀬さんはそう言いながら俺のゴミ袋を回収した。


「え? まだ半周くらいだよ?」

「ここから先は家も多いし、人通りもあるの。もし私と志渡くんが歩いていたら、抜け駆けしてるって思われるでしょ」

「確かに。偶然桃瀬さんと会って、島の案内をしながら美化委員の仕事をしてって言ったところで誰も信じてくれないかも」

「でしょ? だから私はここまで」

「ありがとう」


 お礼を言いながら軍手とトングも返す。


「こちらこそ。楽しかったよ。また、学校で」


 桃瀬さんは手を振りながら、海岸近くの公園へと歩いていった。

 去り行く彼女の後ろ姿を見て、もう少し一緒にいたかったと思っている自分に気付いた。


「あざとい。実にあざとい女ですね、桃瀬結華」

「わっ!?」


 桃瀬さんの姿が消えると同時に茂みから古都子ちゃんが現れた。


「…………古都子ちゃん、ストーカーやめたんじゃなかったのか?」

「わ、私は、その、偶然この茂みにいただけでして」

「そんな言い訳が通ると思ってるのか!」


 両手の拳で古都子ちゃんのこめかみをグリグリする。


「痛いぃぃー、ごめんなさぁぁい!」


 まったく困った奴だ。


 十分反省するくらいグリグリしてから、離してあげる。

 古都子ちゃんは頭を押さえて「ううーっ」と呻いていた。

 そんなに強くしてないのに大袈裟な奴だ。


「そもそもストーカーって犯罪だからな。警察に被害届を出したりはしないけど、いくら知り合いだからって──って、誰!?」


 古都子ちゃんの前髪が乱れ、素顔が見えていた。

 重たい前髪に隠されていた素顔はアイドルグループの妹キャラのような、純真無垢のあどけない美少女だった。


「誰って……あ、す、すすすすいませんっ。お見苦しいものをっ」


 古都子ちゃんは慌てて前髪で眉や目を隠す。


「ちょっと待って!? そのままでいいから」

「な、なにするんですか!?」

「なんで顔を隠すの?」

「そ、それはもちろんキモいからです。ゴミ箱に蓋があるのと同じような理由です」

「キモい? そんなわけないだろ。すごく可愛いよ」

「か、かかかかかかか可愛いぃぃぃぃ!? 私が、ですか?」

「そうだよ。すごく可愛いよ」

「志渡くんが私を可愛いだなんてっ……ふひゃああ!!」

「ちょ、おい、古都子ちゃん!?」


 古都子ちゃんはにへらと笑い、ふらっとその場に崩れ落ちた。


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