第13話 美化委員の仕事
「志渡くん、手を繋いで帰ろ!」
「はい、志渡くん。授業まとめたノート。記憶喪失だと授業内容も忘れてるでしょ?」
「志渡くん、おっぱい触ってみる?」
三人の彼女に翻弄されるうちに一週間が終わった。
恋人が三人という状況は想像以上に大変だ。
誰となんの話をしたか覚えてないといけないし、それぞれ違うテンションでやって来るので合わせるのも難しい。
「あー、やっと休日だ」
久々にのんびり出来る日が到来した。
九時過ぎまで寝て、ボーッとしたまま朝食を食べる。
ここ数日である程度記憶も戻ってきた。
一学期のことはある程度思い出してきたけど、やはり誰かと付き合っていたという記憶はない。
今日はこの島をぶらぶら歩いて、記憶を取り戻す予定である。
家を出て、まずは海を目指す。
海岸線の道に出て、海を見ながら歩いていくつもりだ。
歩いて四十分程度というそれほど大きな島ではないが、住人がほぼうちの生徒(しかも一年生のみ)なので人とはあまり会わない。
当然信号はないし、車もほとんどは知っていない。
「綺麗な景色だな」
穏やかな海の向こうに本土が霞んで見える。
ごつごつとした岩場を見て、ここに摩耶と釣りに来たことがあったと思い出す。
海岸線の道は次第に上り坂になり、頂上はベンチと花壇だけの小さな公園があった。
誰かがその花壇の手入れをしていた。
(へぇ……ちゃんと花壇の手入れをする人もいるんだ)
気配に気付いたのか、その人物は不意に振り返る。
「志渡くん!?」
「桃瀬さんっ!?」
ジーンズに麦わら帽子というラフな後ろ姿だったので全く気付かなかった。
「桃瀬さんが公園の花壇の手入れをしてるの?」
「うん。美化委員だからね。部活をしない代わりに学園内や島内の清掃とか花壇の世話をしてるの」
「へぇ。えらいね」
そう答えると、桃瀬さんに冷たい目を向けられた。
「一応志渡くんも美化委員なんだけど」
「えっ、そうなの!? ごめん」
「記憶が戻ってないんだから仕方ないよ」
桃瀬さんは立ち上がりながら膝の土や草を払う。
「それで志渡くんは何してたの?」
「この島をぐるっと一周して見ようかなって。なにか思い出すかもしれないし」
「おー、いいね、それ。私が案内してあげる」
「大丈夫? 美化委員の仕事中なんでしょ?」
「もちろん作業しながらだよ。はい、これ」
桃瀬さんはトングとごみ袋を渡してくる。
島内のごみ拾いをしながら歩くらしい。
島民が少ないわりに意外と道にはごみが落ちていた。
桃瀬さんは目敏く見つけてヒョイヒョイと慣れた手付きで拾い集めていく。
「志渡くんって子供の頃の記憶は残ってるんでしょ?」
「そうだね。この島に来てからの記憶があやふやになっちゃったけど、子供の頃のことは逆によく覚えてるよ」
「へぇ。どんな子だったの? 聞かせて」
桃瀬さんは興味津々の顔で訊ねてくる。
「うちのお父さんは小説家でね。執筆のためとかいう理由でしょっちゅう引っ越ししてたんだ。変わった人でさ。子供の都合なんて全然考えてくれないの」
「じゃあ転校だらけだったんだ」
「まぁね。二年以上通った学校はなかったなぁ」
「友だちも出来ないし、大変だったんだね」
「うーん。どうかな? 元々内気な子で友だちが出来づらい性格だったから、かえってよかったのかもしれないけどね。嫌な学校でもどうせ一年程度で転校できると思えば気も楽だったし」
重い話にならないように笑って見せたが、桃瀬さんは悲しそうな顔で僕を見ていた。
「じゃああんまり子供の頃はいい思い出がないの?」
「そうでもないよ。仲のいい友だちが出来た時もあったし」
「そうなんだ。今でもその人と連絡取ったりしてる?」
「ううん。子どもだったから連絡先の交換とかもしてなかったし」
「そっかぁ。残念だね」
桃瀬さんは寂しそうに笑う。
きっと桃瀬さんは社交的で明るいので今でも昔の友だちと仲良くしてるのだろう。
そういう人から見ると、俺は寂しい人生を送っているように見えるのかもしれない。
「でも今はこの高校で仲のいい人も出来たし、別に寂しくはないよ。男友達が出来ないのは残念だけど」
「両手に花どころか全身花まみれだもんね」
桃瀬さんはジトーッと俺を睨む。
「そ、そういう意味じゃないよ」
「冗談。すぐそんな風に焦るから美羅乃ちゃんにからかわれるんだよ」
桃瀬さんは呆れたように笑う。
「俺と美羅乃さんって付き合ってたと思う? 僕には到底信じられないんだけど」
「それ、私に訊く? もし付き合っていたとしたら浮気してたってことなんだけど」
「そっか。ごめん」
「まあ美羅乃ちゃんは綺麗だからなー。言い寄られたら浮気してても不思議じゃないかも」
「俺はそんないい加減な奴じゃないよ」
「うん。信じてる。私と約束したもんね」
「約束?」
僕は桃瀬さんになんの約束をしたのだろうか?
訊こうとした瞬間に桃瀬さんは僕の手を握って来た。
「ねぇ、この砂浜。覚えてる?」
目の前には海水浴場と思われる白い砂浜が広がっていた。
「ごめん。覚えてない」
「本当に、もう! なんにも覚えてないんだから」
桃瀬さんは叱るように俺の手をぎゅっと強く握って睨んでくる。
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