第12話 win-winの関係

 古都子ちゃんにもうストーカーはしないと約束させてから家に帰る。

 時おり視線を感じた気もしたけど、約束したのだから彼女を信じておいた。


「少しだけど、見えてきたこともあるな」


 現場を見るからに、俺は顔見知りに突き落とされた可能性が高いようだ。

 いったいなぜそんなところに昇っていたのだろう?

 それが分かれば更に謎が解けるのかもしれない。


 ピンポーン


 インターフォンが鳴り、家のドアを開けると汗をかいて砂ぼこりで汚れた摩耶が立っていた。


「どうした?」

「それが聞いてよ。部室ぶしつのシャワーが壊れちゃってさ。仕方ないから汗も流さずに帰ってきたの」

「帰ってきたって……ここ俺の家だけど?」

「細かいこと言わない。シャワー借りるねー!」

「あ、ちょっと!?」


 摩耶さんはドタドタと浴室に向かう。


「シャワーなら自分の家にあるだろ?」

「うちのシャワー、水圧がいまいちなんだもん」


 そう言いながら摩耶はソックスを脱ぐ。

 素足が見えただけなんだけど、目の前で脱がれるという行為が恥ずかしくて目を背ける。


「タオル貸してね」

「それは別にいいけど」

「あとお茶、用意しててね!」


 狼狽える僕に構わず、摩耶はシャツの裾に手をかける。


「わっ!? ちょ、待って」


 俺は慌てて脱衣所から出て、リビングへと逃げ込んだ。


 他の女の子みたいに言い寄ってこないところはありがたいけど、男友達みたいに振る舞われるのも困る。


 お茶を用意しているとシャワーの水音と共に鼻唄が聞こえてくる。

 人の気も知らずお気楽な人だ。


「あー、さっぱりした。ありがとー」


 制服に着替えた摩耶が、濡れた髪をタオルで拭きながら戻ってくる。


「はい、お茶」

「さんきゅー」


 摩耶さんは屈託ない笑顔で受けとると、気持ち良さそうに喉を鳴らして一気飲みする。


「摩耶って何部なんだ?」

「陸上だよ」

「暑いのに練習キツそうで大変だな」

「別に。あたしが好きでやってることだし」


 摩耶さんはソファーにポスッと腰掛け、だらーんと脚を投げ出す。


「うちの学校の陸上部ってゆるーいんだよね。お嬢様ばっかだから。でもあたしは真剣にやりたくて。だから一人で勝手に練習量増やしてるの」

「へぇ。そうなんだ」


 ずいぶんとストイックな性格らしい。

 まあ摩耶らしいといえば摩耶らしい。


「そんなことより今朝、雅と登校してたよね。また押し掛けてきたの?」

「うん、まぁ」

「雅も強引だからなぁ。でも志渡も嫌なことは嫌だと言った方がいいよ」

「そうだよなぁ。でもなかなか言えなくて」

「あたしも志渡の周りに女子が群がらないように努力はしてるけど、雅だけは防げないから」


 摩耶は俺のことを女子から守ってくれているらしい。

 雅も同じようにブロック役をしてくれているが、摩耶さんは知らないようだ。


 もっとも雅は自分以外の女子を俺に近付けたくないからしてるだけで、摩耶のように友情のためではないんだろうけど。


「俺のことを女子から守ってくれるのはありがたいんだけど、そんなことしてたら摩耶が嫌われるんじゃないのか?」

「まあ、多少はね。でもWin-Winの関係だから」

「摩耶にも得があるのか?」

「もちろんだよ。この学園で女子から一番人気があるのは志渡。そして二番目にモテるのはあたしだから」


 摩耶さんは自分を指差し、苦笑いを浮かべる。


「えっ……そうなんだ!?」

「女子校っていうのはあたしみたいなボーイッシュな女子がモテるの。だから下手に女の親友を作ると、その子があたしのファンから嫌がらせを受けたりするからね」

「へぇ。そういうものなんだ」

「でも男友達なら許容されるみたいなんだよね。そういうこともあって、あたしは志渡と仲良くしてるってわけ。志渡もあたしが女子からモテるから助かるって言ってたじゃん」

「助かる? なんで?」

「だってあたしのファンは志渡に群がらないじゃん。あたしのおかげで群がる女子が減るから助かるって」

「なるほど」


 女子だらけの世界というのは、なにかとややこしいことも多いようだ。


「ま、それ以外にもいいことあるけどね」

「たとえば?」

「部活で疲れて帰ってきたら、美味しい料理を作ってくれるとか」


 摩耶は俺を見てにやーっと笑う。


「はいはい。分かりましたよ」


 腹ペコ摩耶のために冷蔵庫の中を確認する。


「おー、相変わらず志渡の家の冷蔵庫は宝の山だね」

「カレーでいい?」

「いいねー。激辛でよろしく」

「摩耶も手伝えよ?」

「うーん。じゃあサラダ担当で」


 摩耶さんは覚束ない手付きでレタスをちぎりはじめる。

 包丁を使うのは苦手なようだ。


 仕方ないのでカレーは俺が担当する。

 玉ねぎを炒め、お肉を焼き、それらを圧力鍋に放り込む。

 加熱している最中にバターで香辛料や唐辛子を炒めておいた。

 あっという間に部屋中にスパイシーな香りが広がっていく。


 十数分で圧力を抜き、少し冷ましてから香辛料を加えていく。

 そこから少し煮込んで完成だ。


「うわぁー、おいしそー! いただきまーす!」


 彼女は勢いよくスプーンを突っ込み、ぱくりっと口に放り込む。


「熱っ! 熱熱熱っ! 辛っ! 辛辛辛辛っ!」

「もう。落ち着いて食べなよ。はい」


 水を渡すと一気に煽る。


「辛いけど美味しい! さすがは志渡!」

「それはありがとう」


 摩耶は鼻の頭に汗を浮かべながらモリモリとカレーを頬張っていく。


「おかわり!」

「もう食べたの? もっとゆっくり食べなよ」

「分かってないなー。カレーは勢いよく食べる方が美味しいの」

「そんな話、はじめて聞いた」


 女子にモテるのも納得という豪快さである。

 もし摩耶が男子だったら俺の百倍はモテるに違いない。




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