第11話 ボッチの名探偵

 古都子は外階段のチェーンを潜り抜ける。


「この外階段はとても狭く、人が交差するのも難しいです。しかも、ほら」


 そう言って彼女は外階段を昇りはじめる。

 するとカン、カン、と金属音が響いた。


「このように音がするんです」

「確かにそうだな」

「もし私が背後から近付いたら、足音でバレてしまう。しかもやって来たのはストーカーだと思い込んでいる女の子です。さて、どうしますか?」


 上に逃げても行き場所はない。

 それならば逃げずに降りようとするんじゃないだろうか?

 そうなると──


「そうです。当然私と正面から対峙し、もみ合いになりますよね? でもいくら小柄な志渡くんとはいえ、ちびっこで非力な私に押し負けて落ちたりはしないと思うんです」

「そうとは言いきれないけど……でもその可能性は高いな」


 そもそも俺は背後から押された。

 つまり犯人に背中を向けていたということだ。

 ストーカーに背を向けて油断していたとは考えづらい。


「志渡くんとその人は一緒にこの外階段を昇っていたと考えるのが自然なんです。つまりは顔見知りの犯行ということになります」

「全部君の作り話かもしれない」

「作り話だったとしても、どうやって私が志渡くんとこの外階段を昇れたんですか? そこが説明できません。つまり私は犯人にはなり得ないということです」


 確かに彼女の言う通りである。


「なるほど。ありがとう。参考になったよ」

「お、お礼だなんて、そんなっ……少しはお役に立てましたか?」

「もちろん」

「じゃ、じゃあお礼に志渡くんの下着などを頂けましたら……」

「はあ!? 調子に乗るな! お前のストーキング行為まで許した訳じゃないからな」

「そ、そんなぁ……」


 この手の人は甘い顔をするとつけあがりそうなので、そこはキチッと叱っておく。


「許してあげるから、もうストーキングしないって誓って」

「は、はい! もう二度と付きまといません」

「よろしい。じゃあ許そう」

「その代わり、あの」

「なに?」

「古都子ちゃんって、名前で呼んでくれませんか?」


 下着を寄越せと要求されるより、ずいぶんと簡単な話だ。

 それくらいならいいだろう。


「わかったよ。古都子ちゃん」


 早速名前を呼ぶと、古都子ちゃんはふらっとよろけた。


「おい!? 大丈夫か?」

「はい。嬉しすぎて昇天しかけました」


 古都子ちゃんはにへらと笑ってサムズアップする。

 やはりこの子はかなりヤバい奴だ。


 古都子ちゃんを休憩させるため、虹の塔付近の木陰のベンチに移動する。


「事故現場に来て、他に何か思い出しましたか?」

「いや。あの事件のことを思い出そうとすると、頭の中がモヤモヤして、胸が苦しくなってくるんだ」


 無理やり記憶を取り戻そうとすると気分が悪くなる。

 特にあの事件のことを思い出そうとすると、症状が酷くなる。


「無理は禁物です。ゆっくり時間をかけて思い出していきましょう」

「ありがとう。古都子ちゃんってストーカーのくせに優しいんだな」

「私も似たような症状になるんで」

「え? 記憶がないの?」

「いいえ。私の場合はみんなと仲良くしようとすると、頭がクラクラするんです。それでも頑張ろうとすると、心臓がバクバクしてきて、次第に吐き気も」


 古都子ちゃんは力なく笑う。

 そういえば先程から彼女は一度も俺と目を合わさない。

 人の目を見るのも苦手のようだ。

 目元が隠れるほどの前髪は、彼女のシールドのようなものなのだろう。


「そんなに人付き合いが苦手なのに、なんで俺のストーカーなんてしてるの?」

「……覚えてないんですね。まあ記憶喪失だから仕方ないですけど、忘れられるって結構ショックですね」

「ごめん」

「私と志渡くんがはじめて会話したのは、五月頃でした」


 古都子ちゃんは俺との出会いについて語りはじめた。


 入学して1ヶ月も経つとクラスでの立ち位置が決まってくる。

 俺は既に女子から追いかけ回される存在になっており、古都子ちゃんはボッチになっていたそうだ。


 ボッチというのは寂しいというだけでなく、具体的に困ることも多い。

 二人組を作るときは気まずいし、悩みがあるときに相談する相手がいないということもある。

 更には忘れ物をした時も大変だ。


「消ゴムを忘れてしまって。貸してと言えない私はとても困ってました」

「分かる。俺も小さい頃は転校が多くて、友だちがいなくて困ることがあったよ」

「私が困っているのに気付いた志渡くんが、自分の消ゴムを半分に切って片方くれたんです」

「へぇ。そんなことが」

「そんなことしてもらったの、はじめてで。私すごく嬉しくて……しかもそれから時々話しかけてくれるようになったんです」


 うつ向いていて表情は見えないが、古都子ちゃんはとても嬉しそうだ。


「気付いたら私は志渡くんのことが好きになってました。その時の消ゴムは宝物として今も大切に保管してあります」

「そんな半分の消ゴムを!?」

「私にとっては宝物なんです」


 ボッチに優しくしたらストーカーになってしまった、ということらしい。

 親切心が仇となる悲しい話である。

 まあ、お陰で突き落とし犯の手がかりが少し掴めたからよかったけど。


「私も犯人を見つけることのお手伝いをします」

「ありがとう。古都子ちゃん」

「ひゃ、ひゃひぃぃぃ……」

「わ、ちょっと!? 名前を呼んだだけで、いちいち昇天しないで!?」


 頼りになるのか、ならないのか、よく分からない女の子である。




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