第9話 美羅乃さんの提案

 結局俺が二人分の朝食を作り、食後に二人で登校した。

 しかも下僕の基本だということで、俺が雅の日傘をさして隣を歩かされる。

 下僕なら斜め後ろを歩くのが基本だと提案したが、そこは隣がいいそうだ。わがままな奴め。


 途中で摩耶と遭遇し、ドン引きの顔をされてしまった。

 あとで言い訳しないと。

 とはいえ、俺たちの仮初めの主従関係については話せない。


 その日の昼食は美羅乃さんが彼女のターンだった。

 彼女はお弁当を作ってきておらず、学内にあるカフェテリアでの食事となったのだが──


「私が食べさせてあげる」

「じ、自分で食べられるからいいよ」

「それじゃ彼女の意味がないでしょ」


 そう言って美羅乃はポテトフライを咥えると、キスをするように顔を近づけてきた。


「は? まさか口移し!? 無理無理無理っっ!」

「もう。照れ屋なんだから」

「照れ屋とかの問題じゃないから! 恋人同士というより親鳥が雛に食べさせる方法だろ、それ! もしくはパーティーの悪ノリで男が女にするやつだ」


 俺が従わないことを知った上でからかっているのだろう。


「俺をからかって楽しい?」

「からかってなんてないわ。恋人の時間を楽しんでいるだけ」


 ブラウスのボタンを二つも外してチラチラとブラ紐を見せてきてるのも、きっとわざとだ。

 そして悲しいことに俺の視線は、ついそこへと向いてしまっている。

 十五歳の男子というのは胸チラに抗えないように出来ている生き物だから仕方ない。


 摩耶は美羅乃さんが彼女の可能性があると言っていたけど、それは絶対にないと思う。

 美羅乃さんと一緒にいると、とても疲れる。

 こんな一緒にいるとカロリー消費の激しい人と恋人だったなんて想像できない。


「美羅乃さんって俺たちと同じ年齢なんだよな?」

「もちろん。同級生なんだから当たり前じゃない」

「なんかもっと大人っぽく見えるよね」

「あ、ひどーい。それっておばさんみたいってこと?」

「そうじゃないけど。なんか年上っぽいなって思って」

「やっぱり老けて見えるってことじゃない」


 どうやら本気でショックだったみたいで表情が一気に暗くなった。


「悪く言ってる訳じゃないんだよ。傷ついたなら、ごめん」

「じゃあ志渡くんは年上好き?」

「そんなこと考えたことないよ」

「じゃあいま考えて」


 美羅乃さんは両手で頬杖をつき、ジィーッと僕の瞳を覗き込んでくる。


 なんて答えるべきなのか……?


 1.年上好きでちゅ、ばぶー!

 2.同い年がいいかな

 3.女の子は十代前半に限る! ふひひひひひ


 年上好きと言って欲しいのだろうけど、変に期待させてしまうのもよくない。


「同い年がいいかな」

「やった。じゃあ私にもチャンスあるわね!」


 美羅乃さんは両手で小さくガッツポーズをする。

 それだけなら可愛らしいけど、あざとく胸をむぎゅっと挟んでいるので、やっぱりエロい。

 当然俺の視線はそこに釘付けだ。


 でも『やった』と喜ぶのわりには、表情は沈んだままだ。

 あからさまに拒絶されたと気付いたのだろう。

 可哀想な気もするけど、変に期待させるよりはいい。


「美羅乃さんは美人なんだし、俺みたいな頼りなさそうな奴より、もっといい人がいると思うけど」

「頼りなさそうなのがいいんじゃない。なよっとしてて、女の子みたいに小柄で、色白で。志渡くんみたいな逸材はなかなかいないわ」

「か、変わった趣味だな」


 俺のコンプレックスばかりを褒める。

 世の中には色んな趣味の人がいるものだ。


「俺と付き合ってたっていうけど、具体的にどんな風に付き合ってたの?」


 本当に恋人だったのか確認するために質問をぶつける。


「そんなこと、ここで言うの?」

「え?」


 気がつくと俺たちの席の周りに女子が集まっていた。

 みんな素知らぬ振りをしているが、聞き耳を立てているのは明白だった。


「聞きたいなら教えてあげる。一緒にお風呂───」

「いい! やっぱり言わなくていい!」


 こちらのペースに巻き込もうとしても、すぐに相手ペースになってしまう。

 俺ごときで太刀打ちできる相手ではなかった。


「誰が本当の彼女だったのか、調べようとしてるんでしょ?」

「まあ、一応」


 本当に調べているのは彼女ではなく、僕を突き落とした人なのだけど……


「そんなの別に誰だってよくない? なんなら三人全員と付き合っちゃえば」

「そんなわけにはいかないだろ」

「そう? 私は別にそれでもいいわよ。現にいまは三人で交代に彼女をしてるわけだし」


 美羅乃さんは名案だと言わんばかりに目を輝かせている。

 なんだか色々と闇が深そうな人だ。


「彼氏が自分以外の女の子と仲良くしてるのを見るなんて、普通に考えて嫌だろ。俺だって気まずいし、そんなハーレムみたいなのを望んでいない」

「それは世間の常識にとらわれてるから。一度してみれば価値観も変わるかも知れないわ」

「変わるとしても、ろくな方向に変化しなそうだけどな」

「そう? 楽しそうじゃない。昨日は桃瀬さんと愛し合って、今日は私と濃厚な時間をすごし、明日は蒼山さんと一日中キスをする。そんな毎日よ」

「嫌だろ、そんな毎日」


 想像しただけで気が重くなる。

 恋人なんて一人だから楽しい。

 三人を相手にするなんて、罪悪感がすごそうだ。


 美羅乃さんは妖しく微笑み、僕の耳許に顔を近づける。


「ま、一度夜を共にしたら私以外愛せなくなるかもしれないけど」


 はしたないことをソッと囁かれ、体温が上昇した。


「すぐそういうこと言うなよ」

「赤くなっちゃって。可愛いなぁ、もう」


 美羅乃さんはクスッと笑って俺の頬を撫でる。

 甘くて危険な毒が全身に回ってしまったように、俺の身体は硬直してしまっていた。

 もちろん下半身の一部も、である。


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