第8話 主従関係の真実
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!
誰かが家のチャイムを連打する音で目覚めた。
「んっ……誰だよっ……まだ朝の六時だぞ」
いっこうにやまないチャイムがうるさすぎる。
仕方ないので寝間着のまま玄関に向かう。
「はい」
ドアを開けると理事長の娘、雅が小さな身体で仁王立ちしていた。
「遅い! もっと早く出てきなさいよね。ってキャーー! なんてかっこうしてるのよ!」
「タンクトップとハーフパンツだ。自分の部屋なんだから普通だろ」
「い、いいから早く着替えてきなさい!」
雅は顔を背け、耳まで赤くして訴える。
そんなに恥ずかしがられる格好でもないと思うけど、仕方ないので着替えに行く。
そもそもこんな早朝に突然やって来て人の服装に文句を言う方がおかしい。
素早く制服に着替えて玄関に戻る。
「で、なに?」
「それはこっちの台詞よ。なんで何度もメッセージしてるのに返事しないのよっ!」
「暗証番号忘れたからスマホが使えないんだ。雅だけじゃなくて誰とも連絡が取れない」
ロックのかかったままのスマホを見せる。
「記憶がなくなったって、嘘じゃなかったの?」
「嘘のわけないだろ。医師の診断つきの正真正銘だ」
そう答えると、急に雅は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい。てっきり嘘なんだとばかり」
「そんな嘘をつく必要があるか?」
「必要ならあるわ。だって貴方、疲れきってたじゃない」
「へ?」
「毎日女の子に言い寄られ、付きまとわれ、辟易していた。告白されて断るのも心苦しいし、大変だって、そう言ってたの」
普段の高飛車な態度と違い、妙に俺を心配するような様子だ。
「俺が雅にそう言ってたの?」
「そう。だから記憶喪失になった振りをして、すべてをリセットさせたのかと思ってた」
「なるほど。でも残念ながら記憶喪失は本当だ」
「本当ならさっさと本当なんだって言いなさいよ、まったく!」
理不尽に怒られたが、先ほどまでの不快感はなかった。
むしろ俺を心配して怒る姿が可愛くすら思えた。
「なにニヤニヤしてるのよ」
「いや、意外といい奴そうだなって思って」
「な、なによ『意外と』って。普通にいい人に決まってるでしょ。美少女でお金持ちで頭脳明晰なのよ。欠点がない人間は人としての器が大きいの!」
その発言で『いい人』の可能性は限りなく薄れた。
「そもそも俺のことを下僕扱いしてる人がいい人だなんて普通思わないだろ」
「あ、そっか。記憶がないってことは、それも忘れてるってことなのね。面倒くさい」
雅は「はぁ」とため息をついて首をゆるゆると横に振った。
「私がご主人様になって貴方を下僕としてつれ回すっていうのは作戦なの」
「作戦?」
「そう。他の女の子から志渡くんを遠ざけるための作戦。貴方、女の子にぐいぐい迫られてて、心底疲れていたから。少しでも近付けないための作戦よ」
「えっ……そうだったのか。でもそんなことをしたら……」
「もちろん私は他の女子からものすごく嫌われたわよ」
雅は「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「なんかごめん。俺のせいで」
「別に貴方のせいじゃないわ。そもそもその前から私は生意気だって嫌われてたから。嫌われついでに貴方のご主人様っていう汚れ役をしただけ」
俺を突き落とした犯人なんじゃないかと疑ってしまったことを申し訳なく感じる。
「嫌われついでっていうけど、俺のためになんでそこまでしてくれたんだ?」
当然の疑問をぶつけると、雅さんほみるみる顔を赤くさせていった。
「はぁあ!? そんなの貴方が好きだからに決まってるじゃない!」
「へ?」
「勇気を出して告白したのに秒でフッたのよ! この完璧美少女の私のことを! あり得なくない?」
「ご、ごめんなさい」
根はいい人そうだけど、高飛車な性格はなんとかならないものなのだろうか……
「とにかくこれからも私が主で貴方は下僕ってことにして、他の女の子から守ってあげるから」
「ちなみにこのことを知ってる人はいるの?」
「いないわ。二人だけの秘密」
「摩耶も知らないの?」
「当たり前でしょ。二本松摩耶なんて、私を一番嫌ってるんじゃないかしら」
そう言われてみれば摩耶は雅のことを良く思っていなさそうだった。
恐らく友達として俺を下僕扱いしてるのが許せないんだろう。
「あー、お腹空いてきちゃった。志渡くん、下僕なんだから朝御飯つくって」
「え? 下僕って『かたち』だけの話じゃないのか?」
「日頃下僕として働いていれば身に付いて他人にもバレないの。鍛練だと思ってやりなさい」
「結局下僕扱いしたいだけなんだろ?」
思わず笑ってしまった。
でも少なくとも記憶喪失の俺に「彼女です」と嘘をつかず、フラれた事実まで教えてくれたんだ。
雅はそれなりに信用できる人なのかもしれない。
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