第7話 親友への相談
その夜、摩耶がうちにやって来たのは午後六時過ぎだった。
「あー、疲れたぁー」
うちに上がるなり、摩耶は脚を放り出し、制服のブラウスの胸元をパタパタさせていた。
「おい摩耶。ここ、一応男の部屋なんだが?」
「ん? あたしにムラムラしちゃった?」
摩耶は汗が乾ききってないショートボブの髪を揺らして笑う。
「そうじゃないけど。もう少し、こう、なんて言うか」
「ムラムラしてないんかーい! 傷ついた」
「して欲しかったのかよ?」
「冗談。そもそもあたしにムラムラしてたら、とっくにエッチなことされちゃってるって。一学期からずっとこの部屋に遊びに来てるのに」
「そうかもしれないけど。女子なんだから、さすがにもうちょっと気を付けろよ」
「今日の部活、結構きつくてさ。ちょっと疲れちゃっただけ。ごめんね。ちゃんとする」
摩耶はケタケタ笑ってあぐらをかく。彼女にとっての『ちゃんとする』というのはあぐららしい。
この行動だけ見ても、俺を異性として意識してないことは明らかだ。
やはりこいつだけは信用しても良さそうな気がした。
「実は相談というか、話したいことがあるんだけど」
「お、なに? 桃瀬に惚れちゃったとか?」
「もっと真面目な話だ」
「真面目な話?」
俺の真剣さが伝わったのか、摩耶の表情が少し固くなる。
「実は俺、自分で転落したんじゃなくて、誰かに押された気がするんだ」
「えっ……!? マジで!?」
「はっきりした証拠どころか、記憶すら曖昧なんだけど、誰かに突き落とされた記憶がぼんやりとある」
「マジか……」
摩耶は真剣な顔になり、顎に手を当てる。
「俺はなんとなく恋愛トラブルが原因なんじゃないかって思ってる」
「まあそれが一番あり得るよね。なんといっても志渡はモテモテだからな」
「記憶を失う前の俺になにか異変はなかったか? 誰かを怯えているとか、逆に誰かに思いを寄せてるとか」
摩耶ならいつも一緒にいたらしいので、色々知っているかもしれない。
「んー……そんな感じはなかったよ。相変わらず女子にモテモテで、それに辟易してるって感じではあったけど」
「そっかぁ」
「それにしても突き落とすっていうのはよほどのことだと思うよ。下手したら死ぬかもしれないのに」
「だよなぁ」
「よほど恨んでないとそこまではしないんじゃないかな?」
摩耶の指摘通りだ。
片想いでフラれたってくらいでそこまではしないだろう。もちろん個人差はあるだろうけど。
「よほどの恨みや強い想いがあったというと……」
頭に浮かんだのは彼女だと名乗ってきた三人のことだった。
摩耶も僕の考えが分かったようで、渋い顔をした。
「桃瀬はそんなことしないと思うよ。あいつは陽気だし、優しいし、なにか悪いことがあっても人のせいにしないで自分を責めるタイプだから」
「へぇ。性格もいいんだ」
「悪かったね。どうせあたしは顔も性格も悪いよ」
「そんなこと言ってないだろ」
本気で怒ったわけではなさそうで、すぐに笑顔に戻る。
「蒼山さんも想像できないな。確かになに考えてるのか読めないポーカーフェイスではあるけど、車が全くない道でも信号無視すら出来ないくらい真面目な性格だし」
「俺も今日一緒に帰ったけど、そんなことする人には思えなかった。まあ思い込みは危険かもだけど」
「美羅乃はなぁ……なんていうか、エロさ全開的なヤバさはあるけど、蚊を殺すことも出来ないからなぁ」
結局三人ともそんなことするようには思えないという結論に落ち着く。
でもすべてはイメージの話だ。
そもそも人を平気で突き落とすというイメージの人なんて、そうそういるもんじゃ──
「蓬莱は!? 蓬莱雅」
「雅かぁ……確かにあいつはプライド高いし、他人を見下してる感じがするよなぁ。男にフラれたら自らのプライドのために凶行に及ぶ可能性もなくはないけど……でも人を突き落とすっていうのは、普通なかなか出来ないよね」
摩耶は首を捻りながら、言いにくそうにそう言った。
仲はあまりよくないようだが、さすがに突き落とし犯だとは思いたくないようだ。
「そういえば雅はあの彼氏スケジュール表に入ってなかったな」
「念のため雅も入るかって聞いたんだけど、ぶちギレられてさ。志渡は自分の下僕だから彼氏じゃないって」
「いや、下僕じゃねーし」
あいつなら確かにそう言いそうだ。
今のところ雅は少し警戒した方がよさそうだな。
あまり人を印象だけで決めつけるのは良くないが、こっちは命がかかっているので用心に越したことはない。
「ちなみにもし俺に本当に彼女がいたとしたら、あの三人の中の誰だと思う?」
「うーん、そうだなぁ……あの中なら美羅乃かな」
「え? そう?」
正直一番意外な名前を挙げられ、ちょっと驚いた。
「志渡が奥手だから同じく奥手そうな蒼山さんはそう簡単に進展しなさそうでしょ」
「あー、なるほど」
「桃瀬はそれなりに仲よかったとは思うけど、付き合ってる感じはしなかったかな。そこいくと美羅乃は一学期の頃からあの調子で志渡に付きまとっていたから」
「でも僕があの人と付き合うかな? なんか一緒にいると色んな意味で緊張するんだけど」
美人な上にセクシーで、おまけにからかってくる。
付き合おうとは思わない気がした。
「だよねー。だからもし志渡に彼女がいたとしても、あの三人以外な気がするんだよねー」
「誰?」
「さあ。それはあたしにも分かんないよ。そもそも誰とも付き合ってなかったというのがあたしの予想だし」
それは俺も同意だった。
一学期の三ヶ月間+夏休みという短い期間で、俺が恋人を作るとはちょっと考えづらかった。
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