第4話 名前を知らない美少女と、名前を付けられた俺の症状

 結局段ボール一杯のラブレターの中には桃瀬さんも蒼山さんも名前がなかった。


「あー……手掛かりゼロだ……」



 寝れば記憶が戻るかも、なんて開き直ってみたものの、朝起きても記憶は戻っていなかった。

 いったい記憶はいつ戻るのだろう。

 不安に駈られながら登校すると──


「みんなから聞いたわよ! 志渡くん、 あなた記憶喪失なの!? すぐに島外の総合病院に行きなさい」


 担任の先生に叱られてしまった。

 そりゃそうだ。

 授業は休むことにして、すぐに病院に行く準備を整える。


「志渡光之助はいるかしら?」


 白いレースの大きなリボンを着けた美少女がやって来て、突然俺を呼んできた。

 小柄だけど、オーラを纏っていて大きく見える奴だ。


「俺が志渡だけど」

「貴方、記憶喪失になったんですって? なぜすぐに報告に来ないの?」


 どうやら白レースリボンの美少女はずいぶんとご立腹のようだ。


「なぜって言われても……正直お前のことも覚えてないから」

「はああああああ!?」


 眉間にシワを寄せ、腕を組んで睨んで来る。


「私のことを忘れたですって? しかも私のことを『お前』ですってぇぇぇー!?」

「ご、ごめん」


 見た目は可愛らしいが、気が強そうだ。

 怒らせたらややこしそうな人なので、取り敢えず謝っておく。


「仕方ないだろ、みやび。志渡は誰のことも覚えてないんだ」


 俺の代わりに摩耶がフォローしてくれる。


「貴方には関係ないことよ、二本松摩耶」

「関係あるよ。志渡はあたしの親友だから」

「それがどうしたの。私は志渡光之助のご主人様なのよ」

「ご、ご主人様ぁあああああ!?」


 恋人ではなく、今度はご主人様の登場だ。

 いったい俺はどんな学園生活を送っていたんだ!?


「そんなの雅が勝手に言ってるだけだろ。志渡は記憶をなくして困ってるんだ。志渡のことを思うなら、混乱するようなことを言うな」

「ぐぬぬぬっ! 覚えてなさいよ!」


 雅という少女は悔しそうな顔をして出ていった。


「サンキュー、摩耶。あいつはいったい……」

「あれは蓬莱ほうらい雅。この学校の理事長の娘よ」

「へぇ。理事長の娘か。って理事長の娘ぇぇぇぇぇ!?」


 そんなのラブコメの設定でしか聞いたことがない。

 どうりで高飛車な感じがするわけだ。


「この学校が作られたのは、あのわがまま娘のためだって噂もあるの。まあ、さすがにそれはデマなんだろうけど」

「俺はマジであいつの下僕なのか?」

「まさか。勝手に雅が言ってるだけ。気にしなくていいよ」


 更にややこしいことが起き、モヤモヤするまま、病院へと向かった。




 俺は船で渡った先の大きな病院で検査を受けた。

 MRIで脳の断面図をとったり、問診を受けてチェックをされたりと様々な検査を受けた。

 その結果、脳や身体に異常はないことが判明した。


 どうやら俺は解離性健忘というやつらしい。

 落下の衝撃か、精神的なショックで記憶を失ったそうだ。

 医者が言うには数日で記憶が戻ることもあれば、数年くらいかかることもあるらしい。

 とにかく焦らず自然と記憶が戻るのを待つしかないそうだ。


 解決法も見つからないまま、また船に乗って島に戻る。

 結局お医者さんには突き落とされたかもしれないということは言えなかった。

 あやふやな記憶を伝え、ことを荒立てたくなかったからだ。


「もうすっかり夕方だな」


 晩夏の日も落ちる時間。

 学校は当然終わっているだろうから、そのまま家へと向かう。


「おかえり、志渡くん」


 港の防波堤に座る女性がそう言って微笑んだ。

 微かに見覚えがある気がするけど、誰なのかは思い出せない。


「君は……」

「その様子じゃまだ記憶は戻ってないみたいね」


 短いスカートに肩が出たシャツを着た、やけに色気のある女の子だ。

 とても俺と同じ高校一年生だとは思えないほど大人びている。


「どうせ私のことも忘れてるんでしょ?」

「ごめん」


 彼女はぴょんと防波堤から飛び降りる。

 着地と共に大きなおっぱいがたゆんっと弾んでいた。


「私は二俣ふたまた美羅乃みらの。あなたの彼女よ」

「俺の彼女!? 二俣さんが?」

「美羅乃って呼んで」


 美羅乃は僕の頬を指で撫で、妖しげに微笑む。

 香水をつけているようで、甘い花の香りがした。


「な、ななななに!?」


 慌てて後退り、距離を取る。

 その様子を見て美羅乃はクスッと笑った。


「そうそう。そのリアクション。童貞丸出しのその反応が好きなの」


 いったいこの子は何者なんだ?

 肌の露出が激しい扇情的なファッションなのは俺をからかうためか? それとも露出を好む性癖なのか?


 いずれにせよ、いくらなんでもこの人が俺の恋人でないことは分かった。


「さすがに美羅乃さんと俺が恋人というのは、無理があるんじゃないか?」

「あら、どうして? 私みたいなはしたない女は自分にそぐわない、と?」


 美羅乃さんはぴとっと身体を密着させて、上目遣いで俺を甘睨みする。セクシー女優さながらのポーズだ。

 柔らかな胸を潰すように押し付けてくるので気まずいことこの上ない。


「そ、そそそそうじゃなくて……美羅乃さんと俺じゃあまりにも釣り合いが取れてないというか、月とすっぽんっていうか」

「あら。志渡くんって意外とナルシスト?」

「逆だ、逆! 月が美羅乃さんで俺はすっぽん」


 からかわれていると分かっているのに、恥ずかしさが止まらない。

 肌で感じる。俺、童貞だわ。


「月がすっぽんに恋をしちゃいけないの?」


 美羅乃さんは耳に吐息を吹きかけるように囁く。

 全身のうぶ毛がゾワッとする。


「いけなくはないけど……」

「それともすっぽんっていうのは、この下半身の形のことかしら?」


 美羅乃さんは俺のズボンへと手を伸ばしてくる。


「ちょ、やめろって!」


 これ以上美羅乃さんのペースに乗せられたら大変なことになる。

 彼女を振りほどいて、一目散に逃げ去った。


「あ、待ってよ」


 呼び止められても、振り向かずに逃げ去る。

 よく一学期もこんな学校で耐えられたものだ。

 自分で自分を褒めてやりたい。


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