第3話 最も合理的な答え
「じゃああたしは部活があるんで学校に戻るから」
「え? 相談に乗ってくれないのか?」
「男の子の部屋に上がれって? 志渡はいつからそんなにエッチになったんだ?」
「そ、そういう意味じゃないって! ただ一人だと不安で」
焦る俺を見て摩耶は笑った。
「冗談。志渡の部屋には何度も上がったことあるよ。でも今日はミーティングもあるから休めないんだ。ごめんね」
「そっか。わかった。送ってくれてありがとう」
摩耶に別れを告げて部屋に入る。
部屋の中も外観同様、実にお洒落な造りで、家具もアンティークのものがいくつも置かれていた。
懐かしい気もするが、知らない他人の部屋にいるようでもある。
「それにしても大変なことになったな……」
誰かに突き落とされ、記憶喪失になり、いきなり彼女だと名乗る美少女が二人も現れた。
間違いなく人生で一番波乱万丈の一日だろう。
「桃瀬さんと、蒼山さん……そのどちらかが嘘をついているのは間違いない」
とはいえ、二人とも真剣な表情だったし、嘘をついているとも思えなかった。
「いや、待てよ……」
そこで俺はとんでもないことに気付いてしまった。
「俺が二股をかけていた、という可能性もあるのか……」
想像もしたくないが、それもあり得ない話ではない。
男女比率が1:160 のというバグった世界でモテていたらしいし。
むしろそれがバレて桃瀬さんか蒼山さんに突き落とされたと考えると自然だ。
「マジか……どうしよう」
絶望しながらソファーにドスッと座る。
ふと本棚に視線を移すと、日記帳が差されていた。
「日記! これを見ればどういう状況か分かるかも!」
過去の俺、グッジョブ!
心の中で『いいね』を連打しながら日記を捲る。
日記は入学式でこの島にやって来たところから始まっている。
どうやらほぼ女子校ということは聞かされていなかったらしく、困惑した様子が書かれていた。
入学初日から摩耶とは意気投合したようだ。
初日に島内を二人で散策したことなどが書かれている。
読んでいるうちにその内容も徐々に思い出してきた。
二日目には桃瀬さんや蒼山さんの名前も出てくる。
その他、知らない人の名前もたくさん書かれていた。
「って、おいッッ!」
なんと日記は最初の一週間で終わってしまっていた。
過去の自分に説教をしてやりたい気分である。
今は二学期が始まって間のない九月上旬だから、肝心なことはなに一つ分からない。
もちろん一週間の日記では桃瀬さんとも蒼山さんとも付き合っていない。
ただ摩耶とはとても仲がよかったことだけは分かった。
「他になにか手懸かりになるものはないのか?」
あれこれノートを開いてみたり、机の引き出しを開けてみるものの、一学期の俺の生活が分かるものも、記憶を刺激するものも見つからなかった。
「あ、そうだ。スマホを確認すればいいじゃん」
スマホならメッセージのやり取りの履歴や写真が見られる。
それで桃瀬さんや蒼山さんと付き合っていたのか分かるばずだ。
さっそくポケットからスマホを取り出す。
『暗証番号を入力してください』
「……………………」
思い出せない。
おいっ! 暗証番号はいくつなんだよ!?
なぜ指紋や顔認証にしなかったのか……
せめてスワイプなら指が覚えていたかもしれないのにッッ!
これでは過去を調べるはおろか、スマホすら使えない。
念のため誕生日や出席番号を打ち込んだが当然解除されず、スマホを不審がらせるだけに終わった。
「困ったなぁ……ん?」
不意に人の視線を感じ、窓を見る。
しかし誰の姿もなかった。
「気のせいかな?」
窓を開け確かめるが、やはり誰もいない。
一階とはいえ植え込みなどがあるのである程度プライバシーが保てるマンションだ。
通りすがりの人が中を覗ける構造ではない。
「もしかしてこれか?」
壁に張られたサッカー選手のポスターを見る。
俺はサッカーが好きで、中でもSCCナポリというクラブを応援していた。
そのお気に入り選手のポスターを壁に貼っている。
オシメーン、クヴァラツェリア。ロボツカ、ジエリニスキ、ディ・ロレンツォなどのスタープレイヤーだ。
気を取り直し、スマホのロック解除の手がかりを求めて部屋を探す。
まあロック解除の暗証番号をどこかにメモしているとは思えないけど。
「なんだ、これ?」
小さめの段ボールを見つけ、中を確かめる。
「うわっ……」
その中にはラブレターが無数に保管されていた。
俺が書いたものではなく、俺に宛てられたものだ。
差出人も一人や二人ではない。
「アイドルへのファンレター並みにあるんじゃないのか、これ?」
恐らく捨てるのも申し訳なく思って保管していたのだろう。
その中に桃瀬さんや蒼山さんからのものがないか確認する。
『拝啓 志渡くん
はじめて見た時から運命の人だと思いました。気がつけばいつも視線はあなたを探してます』
『志渡くんへ♥️
大好きだよ。付き合って。私と付き合ってくれたらすぐにでもさせてあげる。なにをって?
それは付き合ってからのお楽しみ♥️』
『愛しの志渡様
毎夜貴方は私の夢枕に現れる罪な方です。昨夜も不意に現れ、私の心を弄び、更には身体まで』
「とても読んでられないッッッッ!!」
赤面し、見悶えるような言葉で溢れている。
自分に宛てられたものなのに、他人宛のラブレターを盗み読みしているような罪悪感もあった。
「俺はこんな島であと二年半も過ごさなきゃいけないのか……」
可愛らしい封筒に埋もれながら、俺は絶望に暮れていた。
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