第2話 第二の恋人
記憶はなくなっていたけど、授業内容はそれなりに理解出来た。
もちろん分からないところもあったけど、それは元々の学力の問題のような気がした。
掃除の時間になり、俺は担当だと言われた中庭の掃除をする。
学校の他の場所同様、中庭もとても綺麗だった。
どうやらこの校舎は完成して間もないようだ。
「志渡くん。本当に記憶がなくなったんですか?」
眼鏡をかけたミドルボブの女の子が訊ねてきた。
これまでクラス内の会話を聞いていた感じでは、彼女はクラス委員長のようだ。
他の女子生徒と違い、落ち着いていてホッとする。
「ああ。どうもそうみたいだ。病院で見てもらわないと」
「そうですね。それがいいと思います」
彼女はクラス委員長らしく落ち着いた様子で頷く。
「私は
「ありがとう」
蒼山さんはジィーッと俺の目を見る。
結華さんのような派手さはないが、涼しげな目許やキリッとした口許が目を惹く美少女だ。
「なに?」
「本当に何も覚えてないんですね」
蒼山さんは目を伏せてため息をつき、周囲を横目で確認した。
そしてスッと俺の耳元に唇を近づける。
「私はあなたの彼女です。それも覚えてないんですか?」
「は? いや、でも……」
俺は桃瀬さんと付き合っていたんじゃなかったのか!?
「桃瀬さんのことですよね? 私も驚きました。彼女はずっと志渡くんのことが好きだったみたいです。記憶喪失になったタイミングで彼女になろうとしたんじゃないでしょうか?」
「そうなの……か?」
あの時の結華さんの嘘をついているようには見えなかった。
でも、ものすごく演技がうまいだけなのかもしれない。
「私と志渡くんが付き合っていることは内緒にしていたから、嘘をついてもバレないって思ったんでしょうね」
「そんなことしても、俺の記憶が戻ったら付き合ってなかったってバレると思うんだけど?」
「記憶を取り戻す前に既成事実を作るつもりだったんだと思います。本当の恋人になってしまえば、嘘をついたことなんて笑い話にしてしまえるので」
「なるほど」
確かに蒼山さんのいう通りだ。
本当に付き合いはじめたとしたら、今さらきっかけなんて気にしないかもしれない。
「あ、志渡。まだ掃除してるのか? もうすぐ終業のショートホームルームだぞ」
摩耶さんが駆け寄ってくると、自然な感じで蒼山さんが僕から離れていく。
「分かった。すぐ教室に戻るよ」
俺も何事もなかったように摩耶さんにそう返した。
放課後、俺は摩耶さんと共に帰宅することとなった。
恥ずかしいことに、記憶がなくなった俺は自分の家すら思い出せない有り様だったからだ。
それに疑問が頭の中で渦巻き、摩耶さんに聞きたいことだらけだった。
「あのさ、摩耶さん」
「その『摩耶さん』って言うのやめて。なんかくすぐったい。記憶がなくなる前みたいに摩耶でいい」
「分かった、摩耶。なんであの学校は女子しかいないんだ?」
「は? そこから覚えてないわけ? これは重症だな」
摩耶は驚いた表情をしてため息をついた。
俺たちの通う『私立百合ヶ島高等学校』は今年から新設された高校である。
ここに通う生徒はみな、資産家やお偉いさん、著名人の子女らしい。
誰もが女子高だと思っていたが、その中に俺一人、男子として入学してきたそうだ。
どうやら理事長とうちの父親が旧知の仲で、あまり友だちがいなくて集団に馴染めない俺を、この学校にねじ込んだようである。
記憶をなくす前の俺が摩耶にそう伝えたそうだ。
「ここは元々無人島だったんだ。そこに高校といくつかの店、診療所などを作った」
「え? じゃあ俺たちは島で寮生活してるのか?」
「そう。とはいってもお嬢様ばかりだから。普通の寮とかではなく、西洋風のアパートメントとか、テザイナーズマンションで一人暮らしをしている」
「そうなんだ……」
次々と想像の斜め上を行くことを言われ、質問に答えてもらったのに、頭は余計パニクってしまってた。
「それと、あの、桃瀬さんのことなんだけど」
「あー、あの『彼女宣言』のこと?」
「本当に付き合ってたのか?」
「さあ? あたしは志渡と一番仲良くしてたけど、彼女が出来たって話は聞いてない」
摩耶は首を傾げてそう言った。
「じゃあやっぱ嘘?」
「それは分からない。あたしが知らないだけで、こっそり付き合っていたって可能性もあるし」
「まさか。そもそもあんな可愛い子と付き合えるはずないって」
「それは分からないよ。なんせ女子160人に対して男子は志渡一人だから。世間知らずのお嬢様たちは唯一の男子である志渡に夢中だからなー」
さらりとすごいことを聞かされた。
「1/160!? なにそのバグった男女比率っ!?」
「しかも男性教師もいないし、店の人もお医者さんもみんな女性だからね。もはや女子が襲ってくる貞操観念逆転の世界だよ。あははは!」
「笑い事かよ!? ったく他人事だと思って」
「ごめんごめん」
謝りながらも摩耶はまだ笑っている。
絶対悪いなんて思ってないな、コイツ……
そうしているうちに目の前に煉瓦造りの西洋風のマンションが現れた。
「あっ……」
不意に記憶が甦った。
ここは──
「ここは俺が住んでいたマンションだ」
「お? 記憶が戻ったの?」
「いや。そうじゃないけど。でもここが自分の家だってことは思い出した」
摩耶に背中を押されたときといい、記憶を刺激することがあると記憶が甦るのかもしれない。
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