記憶喪失になったら美少女たちが次々と「私が彼女です」と名乗り上げてくるけど、この中に一人俺を突き落とした犯人がいる

鹿ノ倉いるか

第1話 記憶喪失と突発の恋人

 宙に投げ出された身体は、当然重力で落下していく。

 ものすごく速いのに、ゆっくりと時間が進んでいくような、不思議な感覚。

 あっという間に目の前に地面が見えた。


「うわああああああああーーー!」


 受け身を取ろうにも突然のこと過ぎて身体がまともに反応出来ない。


 ドンッという衝撃と共に、意識が消えた──



 ──

 ────



「んっ……ここは?」


 気がつくと俺はベッドに横たわっていた。


「あ、志渡しどが目を覚ましました!」


 ショートヘアの女の子が俺を覗き込んで驚きながら声をあげた。

 見覚えのない子だけど、俺のことを知っているらしい。


 呼び捨てにするくらいだから、仲がいいのだろうけど、なぜか思い出せない。

 日に焼けた肌と涼しげな目が印象的な、美しい女の子だ。

 年齢は俺と同じ高校一年生くらいだろうか?


「よかったぁ。どう? どこか痛いところない?」


 白衣を羽織った優しそうな女性が訊ねてくる。

 雰囲気からしてお医者さんとかではなく、養護教諭のようだ。


「ちょっと腕が擦りむいたみたいに痛いけど、他は別に」

「運が良かったわね。志渡くんは高いところから転落みたいで、倒れてるところを摩耶まやさんが見つけてくれたのよ」

「えっ……転落……?」


 そう言われてみれば落下していく記憶がある。


「取り敢えず無事そうで良かった。また大きな病院で検査してもらった方がいいでしょうけど、擦り傷とかの手当てはしておいたから」

「はぁ。ありがとうございます」


 腕にはちょっと仰々しいほどのテーピングが施されている。


「教室に戻れそう? それともここで休んでおく?」

「大丈夫そうなんで授業に出ます」

「そう? 無理しないでね」

「はい。ありがとうございました」


 お礼を述べてベッドから降りる。


「じゃあ一緒に帰ろう」

「う、うん」


 摩耶さんというショートヘアの女の子と共に保健室を出る。


 校舎はまるで作られたばかりのようにピカピカだ。

 


「しかしビックリしたよ。志渡、いきなり裏庭で倒れてるんだもん」

「そ、そうなんだ」


 教室に着くまで、すれ違った生徒はなぜか女子だけだった。

 しかもみんなが俺を見てくる。


 チラチラと恥ずかしそうに見る人もいれば、あからさまにジーッと見詰めてくる人もいた。


 教室に到着すると、クラスメイトたちが駆け寄ってきた。


「大丈夫、志渡くん?」

「怪我はない?」

「心配したよー!」


 クラスメイトは全員女子だった。

 というか目覚めてからこれまで、男性を一人も見ていない。


 戸惑う俺を見て、摩耶さんが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。

 って、顔近すぎ。

 ちょっと無防備過ぎないか、この子……


「志渡、どうかした?」

「いや、その……実は記憶がなくなってるみたいなんだ。ここがどこなのか、みんなが誰かなのか、覚えてなくて……」


 一秒の静寂の後──


「ええええええええええええぇーーーー!?」


 教室にみんなの声が響き渡った。



 自分の名前だとか、家族のこととか、子供の頃のことだとか、そういうことは覚えている。

 最近の記憶が消えてしまっているようだ。

 ここがどこなのか、彼女たちが誰なのかはさっぱり思い出せない。


「私、結華ゆいかだよ。桃瀬ももせ結華。まさか私のことも忘れちゃった?」


 美少女だらけのクラスの中でも特に目立つ美少女が恐る恐る訊ねてきた。


 目鼻立ちがしっかりしていて、長い黒髪が美しい、まるでアイドルのような女の子である。


「ごめん。わかんない」

「そんな……恋人のことも忘れちゃうなんて」


 桃瀬結華と名乗るその女の子は、ぽろっと涙をこぼした。


「ええっ!? こ、ここここ恋人ぉっ!? 君が俺の恋人なの!?」


 結華さんは赤く充血した瞳で俺を見てコクッと頷く。

 こんな浮世離れした美少女が彼女だなんて、にわかには信じられない。


「うそ!? 結華と志渡くんって付き合ってたの!?」

「知らなかった!」

「でも確かに二人は仲良かったよね」


 女子たちはきゃあきゃあと色めき立つ。

 いかにも女子校といった反応である。


「ほら、あなた達。席についてー。授業はじめるよ」


 先生が入ってきて、みんなが席に戻る。

 当然俺は自分の席がどこなのか分からない。


「志渡くん戻ってきたのね。大丈夫?」

「大丈夫っていうか……はい」


 頭がパニクっててまともに事情も話せなかった。

 肝心なところでちゃんと説明できない。

 そんな情けない性格は忘れずに残っていた。


「ほら、志渡の席はこっちだよ」


 摩耶さんが優しく俺の背中をポンッと押して席を教えてくれる。


「あっ!?」


 その瞬間、不意に記憶が甦った。


 そうだった。

 落下する直前、んだ。

 あれは足を滑らせて落ちた事故なんかじゃない。


 急に怖くなって教室中を見回した。


 




 ────────────────────



 未来を知る二週目の男の次は、過去を忘れた男。

 正反対だけど、どちらも大変そうです。

 果たして志渡くんは真実にたどり着けるのでしょうか?


 ミステリー系ハーレムラブコメ、開幕です!


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