第19話 花を使ったまじない

「シャルロットさま。マデリンとはどういう関係ですか?」

 呪いのことを聞く前に、敵ではないとまず確認する必要があった。


「マデリンは、ここへ来る前まで、私の侍女だったんです」

「姫の?」

 彼女はこくりと頷いた。


「オースティン王国はマデリンの祖国なんですよ。国へ戻ると報告を受けて、職に困らないように、侍女として雇って欲しいと殿下宛てに紹介状を持たせたり、用立てたのです。マデリンは、私の大事な人だったんです。その彼女が、あなたに仕えることができて本当によかったと言っていましたよ」

 ほほえむ彼女からは、敵意を感じない。直接、話すのは初めてだが、最初から好意的だった。


 解呪するために、自分の力でルーカスに呪いをかけた術者を見つけるつもりだった。けれど、もうそんなことを言っている場合じゃない。

 リラは、マデリンにした質問をシャルロットにもした。


「シャルロットさま。殿下の呪いを解くことができますか?」


 同じように術を仕えるなら、解くことができるかも知れない。しかし、

「リラさま。残念ながら、殿下の苦しみを取りはらえるのは、私ではありません」

 シャルロットは顔を曇らせながら首を振った。視線を外のクレマチスに向ける。


「知っていますか? 花には人の想いが宿ると言われているんですよ。相手を想う気持ちを添えて贈ると、とても喜ばれます」

 

「殿下の呪いと、花を贈ることがどう関係している?」

 リラが質問すると、シャルロットは目を細めた。


「強い想いは、時に願いを叶えると言うことです」

「……もしかして、それが術を使うことと関係がある?」

「花を使った呪いに関して言えば、術者は関係ありません。気持ちが強いほうが、願いを叶えるというだけ」

「つまり、殿下の命を狙うものと、殿下を守ろうとするわたし、どちらの思いが強いかということか」


 証拠はないがおそらく犯人は王太后。

 相手は強いが気持ちで負けたりしない。ルーカスを殺させない。

 リラは強く握りこぶしを作った。


「シャルロットさま。わたしは、ルーカスさまをお慕いしています。そこで、あなたを信じて、お願いがあります」

 リラが真剣な目を向けると彼女も真顔で頷いた。


「リラさまの言いたいことはわかっていますわ。わたくしに、身を引け、ですね?」

「え?……いえ。違います、逆です。ルーカスさまを正妃として、支えて差しあげて下さい」

「はい?」

 シャルロットは、大きな目をぱちぱちと繰りかえした。

「ルーカスさまの正妃は、リラさまですよね?」

「わたしは騎士です。命に代えても殿下を守り抜く。この想いは、決して呪いなんかに負けません。姫が王妃となり、殿下を支えて下さるのならわたしは、呪いを解くため、騎士道に専念します」


「待って、リラさま。私、ルーカスさまの妃になるつもりありませんわ」


 今度はリラが驚いて、目を瞬いた。

 シャルロットがルーカスの正妃候補として訪問しているのは、王太后の指示だからだ。

「シャルロットさまは、王太后の意に背くおつもりですか?」

「はい。全力で背きます」

 彼女は、はっきりと言った。


「わたくしは自国に戻って、女王になります。……絶対に」

 シャルロットの目は力強く、本気なんだと伝わってきた。

「王太后は、私の叔母です。今のままでは、彼女に逆らえないので正妃候補の形で訪問しましたが、私の本当の目的は政略結婚ではありません。次期オースティン王国の国王、ルーカスさまと国同士の友好を築くため」

「シャルロットさまは結婚が目的ではなく、外交をしに来たということですか?」

 姫はにこりとほほえんだ。

「王太子妃リラさまとの交流が実現して、嬉しく思っています。ルーカスさまは、大変な目に遭っていますが……」

 彼女は視線を部屋の中へと向けた。


「リラさまならもう、ご存じだと思いますが、ローズ王太后は私をこの国に嫁がせ、傀儡にして、属国にするつもりです。ですが、私はその考えに反対。水面下でルーカス王太子と手を組ませていただきました」


 リラは、シャルロットの考えと行動力に驚いた。

 女王になる覚悟、王太后に抗う意思に、強く惹かれた。

 ――シャルロット姫、すてきなかただ。


「わたしも、シャルロットさまとお話できて良かったです。殿下が目覚めたら、あらためて正式な交流をさせて下さい」

「ええ、ぜひ。実現させましょう。リラさま」


 リラは、騎士の礼ではなく、淑女の礼カーテシ-を丁寧にした。


「シャルロットさま、強い気持ちが呪いを解くことはわかりました。では、もっと具体的に、どうすればいいとかありますか?」


「騎士道を貫くのも良いとは思いますが、リラさまには、試してみて欲しい別の方法があります」

「教えて下さい。どんなことでもします」


 シャルロットは真剣な眼差しで、クレマチスの呪いを解くヒントを教えてくれた。



 室内に戻ったリラは、姫に耳打ちして聞いた。

「シャルロットさま。さっきの、本気で言っています?」

「ええ、もちろんです。古今東西、昔から呪いを解く方法はこれですわ!」


 リラが眉尻を下げていると、シャルロットはなだめるように優しくほほえんだ。


「勇気がいる行為なのはわかります。でも、やってみる価値はあると思うの。二人は夫婦なわけだし、問題はないわ。実行するしないは別にして、よく考えてみてね」


 シャルロット姫はフードを深く被ると、「がんばれっ」とにこりと笑った。マデリンと一緒に部屋を出て行苦彼女を見送る。


「がんばれって言われても、ハードルが高すぎる……」

 リラは一人になると、ルーカスが眠る寝台に近づいた。


 寝息もたてずに眠るルーカスの顔をのぞき込む。

 そっと、ルーカスの頬にまで伸びた蔓の紋様に触れた。


「ルーカス。起きて。まだ寝るのなら、子どもの頃みたいに顔に落書きするよ」

  

 話しかけても彼はぴくりとも動かない。

 リラは自分の手のひらを見つめた。長年、剣を握り続けたことでマメが潰れてかたくなっている。


 バルコニーから室内へ戻る時、シャルロット姫はリラに言った。


『リラさま。これは私の意見ですが、どうしても叶えたい願いがあるのなら、今の状況をうまく利用したら良いですよ。物事って、思い描いたとおりに進まないでしょう? 王族なんて特にそう。自由に見えてすごく不自由です。だからって腐っていてもしかたない。大事なのは、自分の望む結果をいかにたぐり寄せるか。どうしたいかです』


 リラは手をぎゅっと握った。


「わたしも、王太子妃という立場を利用すればいい」


 ずっと、騎士にこだわってきた。ルーカスの傍にいるには、他に方法がないと思っていた。

 だけどそうじゃないと、リラは、シャルロットと話して、ようやく気づいた。


「ルーカスを護るには、騎士になるしかないと囚われて、固執していた。本来の目的を、願いを見失っていた」


 リラは、ルーカスの右手をつかむと、両手で包み込んだ。


「ルーカス。好きだよ。あなたのためなら騎士にも、王妃にもなる。ずっと、傍にいたいから」


 彼に目覚めてもらいたかった。

 呪いを解いてあげたかった。国のためにも、彼のためにも、自分のためにも、彼と幸せになりたいとリラは、今まで以上に強く思った。


「姫が、呪いを解く定番は、唇にキスって言ってた。でも、唇は、ルーカスが目覚めた時に取っておくね」


 リラは、彼の右手に刻まれているクレマチスの呪いにキスをした。


 想いが溢れて、頬を伝った涙の雫が金色の紋様にふれる。ふわりと、輝きが増した。

 ルーカスの身体に刻まれていた蔓の紋様が明るく光ったかと思うと、ふっと元に戻った。


 リラが目を見張っていると、ルーカスの手がぴくりと動いた。

「ルーカス?」

 声をかけると、瞼が小さく震え、ゆっくりと開いた。くうを彷徨っている翡翠の瞳がリラに焦点を合わせると止まった。


「リラ。今、なん……」

「ルーカス!」


 思わず、彼に抱きついた。


「よかった。本当によかった……!」


 彼が愛しくて、目覚めたことが嬉しくて、涙が止まらない。リラは、戸惑うルーカスを無視して、ずっと彼を抱きしめ続けた。

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