第17話 蔓の紋様

「な、んで、殿下がここに?」

 頭が一気に覚醒する。リラは跳ねるように上体を起こし、寝台から降りようとした。

「待った、リラ。そのままでいい」

 ルーカスの力は思っていたより強く、リラは寝台に座らされた。そして、リラの肩にガウンを羽織らせる。

「ありがとうございます」

 自分がナイトドレスだと気がついて、あわてて胸元を隠した。

 割れている腹を見られただろうかと心配していると、ルーカスは、リラの髪を拭きはじめた。


「自分で、できます」

「私がやりたいんだ。だから、任せて」

 リラの正面に立ったまま、髪をひとすくいすると、やさしく布を当てていく。

 視線のやり場に困り、リラは足元を見つめた。


 ――どれくらい寝ていたんだろう。そんな長い時間ではないはずだけど。

 ルーカスが部屋に入ってきたことに気がつかなかった。情けない。

 

「殿下、姫の傍にいなくて良いんですか?」

「姫? 傍にいるよ、ここに」

 ルーカスはリラの髪を掬うと毛先にキスを落とした。

「私の姫はリラだけだ」

 心臓がとんと跳ねた。まだのぼせているのか、顔が熱い。


「わたしが言っているのは、隣国の姫のこと。殿下、言ってたじゃないですか。しばらく、夜の渡りはできないと。なのに、なんでいるの? しかもいつもより遅い時間だ」


「リラに、会いたい衝動が抑えられなかった」

 ルーカスは眉尻を下げると続けた。


「姫と話をして事情が変わった。もう、夜にリラの元へ来ても問題ないよ」

「殿下の正妃になられる隣国の姫様は、寛容なんだね」

「それは、どういう意味?」

「姫を城に迎え入れた。つまり正妃か側妃にするということだろ?」

「しないよ。私の妃はリラだけだ」

「殿下。そのことでお話があります」

 リラは、ルーカスの手からタオルを奪うと、まっすぐ彼を見た。


「ルーカスさまの正妃は、隣国の姫がよろしいでしょう。私は王太子妃を降りて、騎士に戻ろうと思います」


 ルーカスの顔から笑みが消えた。

「なぜ、そんなことを言う」

「殿下と姫、とてもお似合いだと思ったからです。それに、彼女と一緒になったほうが、わたしよりも有益です」

「私はついさっき、姫はリラだけだと言ったよね」

「姫とは、隣国の姫のようなかたを言います。遠目に見てもとてもすてきなカップル……殿下?」

 ルーカスは顔を歪めて、リラに背を向けた。


「殿下? もしかして、手が痛むんですか?」

「……大丈夫」

「見せて下さい」

 彼の右手にリラが手を伸ばすと、逆につかまれてしまった。


「私のことはいい」

「よくありません」

「それよりも、取り消して」

「なにを」

「自分より、姫といるほうがお似合いだと言った言葉を」

「……取り消しません」

 翡翠の瞳がかすかに揺れた。ルーカスはなにかを言いかけて、ぐっと唇をかみしめた。

 リラから離れ、左手で右腕を押さえている。


「殿下。話はあとにしましょう。右手を見せて」

 無理やり彼の手袋を外した。蔓の紋様は、星の光りを吸ったように内側から輝いていた。

 はじめて呪いを受けた時のように、ルーカスの息は荒く、額には汗が浮かんでいる。

 リラはルーカスの襟元に手を伸ばした。襟のボタンを無理やり外す。

 蔓の紋様は、鎖骨にまで伸びていた。


「ひとまず横になっ……、」

 ルーカスはリラを肩をつかむと、仰向けに押し倒した。

 組み敷かれたリラは驚いて、目を見開いた。

 呪いで右腕は痛いはずなのに、どこに力があるんだろうと、そんなことが頭を過ぎる。


「私が、呪い殺されたらリラのせいだ」


 物騒な言葉を吐いたあと、ルーカスは目を細め、リラの頬にそっと、触れた。


「……ルーカスが、わたしのせいで呪い殺されたら、ちゃんとあとを追うよ」

 ルーカスは弱々しく笑うと、そっとリラを抱きしめた。

「リラは、私のことが嫌い?」

「まさか。……お慕いしています」

「……リラは、嘘つきだ」

「嘘なんかじゃない」


 ルーカスの身体が熱かった。伝わる心音も速い。

「ルーカス。とにかく一旦、離して」


 近すぎる距離ではルーカスの顔が見えない。リラは彼の肩を押した。

「あなたを、呪いなんかで死なせない。だから、今は無理しないで休んで」

「大丈夫。わたしは死なない。リラも、死なせない」

 ルーカスはリラの耳元で呟くように言うと、リラの横に倒れた。リラは目を閉じている彼の肩を揺すった。


「ルーカス、しっかりして。……殿下!」

 意識を失った彼の首には、蔓の紋様が、絡むように巻き付いていた。

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