第14話 ガーデンでティータイム
ナタンはあわててリラから離れ、頭を下げた。
リラが、サイモンとまともに言葉を交わすのは、これが初めてだ。あからさまな敵意に驚きつつも、彼の正面に立った。
「宰相殿。逢い引きとは、隠れて会って密談をすることです。こんな昼間、しかも人目につく場所での立ち話は逢い引きとは言わない」
見当違いの疑いをかけられそうな時、動揺していては、余計に疑われる。
でっち上げに信憑性を持たせないようにリラはあえて堂々と続けた。
「殿下を守ることについて、議論を交わしていました。意見は多いほうがいい。宰相殿もぜひ加わっていただきたい」
この国で術を使える者は限られる。そのうちの一人サイモンがルーカスを呪った張本人の可能性があり、リラは警戒を強めた。
「殿下の護衛は十分でしょう。申しわけないが私の専門は、政策なのでお断りいたします」
「護衛は専門外。口を挟まないということですね? 一任いただき、ありがとうございます」
笑みを向けると、宰相は片眉をぴくりと上げた。
「夫人、あなたは騎士の出ですが、今は王太子妃です。もう少し、ご自分の立場を見つめられたほうがよろしいですよ」
「確かにわたしは、殿下の妃ですが、同時にルーカスさまを守る騎士です」
「いいえ」
サイモンはきっぱり否定すると、リラに一歩近づいた。
「殿下を守る屈強な騎士はいくらでもいます。ですが、殿下を支えられる正妃はお一人しかいません」
リラは彼の言葉に目を見開いた。
「王太子妃。あなたは殿下のもの。他の者に誤解を招かき、殿下に迷惑をかけぬよう、時と場所は選ばれたほうがよろしいですよ」
正論だった。言い返すことが出来なくなって、ぐっと手を握る。
「サイモンさま。ご忠告、痛み入ります」
「わかっていただけでよかった。殿下に仕える私とリラさまの願いは一緒です。ルーカスさまを共に助け、支えましょう」
宰相は踵を返すと、そのまま立ち去っていった。
「完敗だ。すっかり言い負かされてしまった」
「サイモン殿は昔、王子たちの教育係も兼任されていましたからね」
「そうか……」
サイモンの、正妃としての立場をわきまえよという忠告は、ルーカスを思って出たもののように感じた。
――ルーカス殿下を呪ったのは、サイモン殿ではないかもしれない。
自分が教育してきた王子を呪い殺したところで、彼にメリットはないように思えた。
――サイモン殿ではなかったらやっぱり、あの方になる。
『王子が結婚とは、めでたい』
リラの脳裏に、にこりと笑うローズ王太后の顔が浮かんだ。
風が吹いて、後ろに一纏めにしていたリラの髪をなびかせる。
「今日は風が強いな。あれ?」
リラは、手すりから下をのぞき見た。
「しかし、逢い引きとは……。一緒に移動するだけで、いちいち疑われるようでは、みんな、リラさまに近寄れなくなりますね」
リラは話しかけてきたナタンに視線を戻した。
「みんなが近寄れなくても、問題ないよ。わたしから近づけばいいだけ」
リラはにっと笑うと、手すりに足をかけた。二階の回廊からふわりと飛んだ。
ナタンが声をひっくり返しているのを背中で聞きながら、芝生の上に着地した。
「きゃあ! リ、リラさま? え、どこから来られました?」
庭で作業をしていた侍女が声を上げた。
リラは、「ちょっとこそから」と二階の手すりから顔をのぞかせているナタンを指差す。
「手伝うよ」
侍女たちは城壁に張り付いている蔓を一生懸命剥がしていた。自分たちの背よりも高く伸びた蔓に苦戦していて、見ていられなかった。
「リラさま、大丈夫です。おやめくださいませ!」
「人は多いほうが早く終わる。気にしないで」
「人手がいるなら私も手伝おうか?」
リラは蔓を持ったまま手を止めた。振り返ると笑顔を浮かべるルーカスがいた。
リラはすぐに頭を下げた。
「殿下、お待たせしてごめんなさい」
執務室に向かわずに、庭にいることをリラは謝った。
「蔓が伸びているのを見て、立ち寄ったんだろ。大丈夫。わかってる」
「……ありがとうございます」
ルーカスの後ろには甲冑を脱いだマデリンもいた。
「リラさま。蔓の除去は我々に任せて、殿下とご休憩をお取りくださいませ」
マデリンは「近くの
ルーカスに城壁の蔓の処理までさせるわけにはいかない。リラは「わかりました」と答え、手伝うのをしぶしぶ諦めた。
東屋はクレマチスが咲きほこる庭の中央にあった。すでにティーポットとカップが置かれている。
「マデリン、仕事が早い」
「お褒めいただきありがとうございます」
マデリンは給仕をし終わると東屋から離れて行った。
「リラと話がしたくて、お茶の準備をお願いしていたんだ」
「忙しいでしょうに。ありがとうございます」
ルーカスのさらさらの髪が風で揺れる。クレマチスを背景に優雅に紅茶を飲む彼は絵画のようだ。豪華な額縁に納めて、部屋に飾りたくなる。
「殿下って、きれいですね」
紅茶を飲んでいたルーカスは吹き零しそうになった。
「大丈夫ですか?」
リラは急いでルーカスに近寄り、ナプキンを差し出した。
男の人にきれいは間違えたかもしれない。
「リラは、かっこいいね。二階から飛び降りているところを見たよ。侍女を助けたりして、まるで、小説に出てくる王子さまみたいだった」
飛び降りているところを見られていたらしい。
「殿下こそ、本物の王子さまじゃないですか。もうすぐ、王さまだけど」
「王として、威厳が出るようにがんばるよ」
机の上に手を組んで、彼は口角を上げた。
「殿下、呪いに変化は?」
ルーカスは蔓の紋様を見られないように、白い手袋をしている。彼に会うたびにようすを聞くのが習慣になっていた。
「実は昨夜より、蔓が数センチ、伸びている」
「え……」
リラは、カップを置いて立ち上がった。
「見せて下さい」
ルーカスは、袖をめくって見せてくれた。
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