第13話 高位貴族
リラが城住まいをはじめてから半月以上経ったが、呪いについての調査は難航していた。
日中は王妃教育と、淑女教育、帝王学に古代語学を習う時間に当てられた。一人で自由に動き回ることができない。
ルーカスは、呪いについて、側近のナタンと宰相のサイモンにしか教えていないため、聞き回るわけにもいかない。
情報がなく手詰まり状態だったが、幸いにも、ルーカスの手に浮かぶ蔓の生長が、ぴたりと止まっていた。
「ねえ、マデリン。納得がいかないことってあるよね」
「ございます、リラさま。たとえば今です。私はなぜ、甲冑を着せられているのでしょうか?」
リラはマデリンの
「納得がいかない? サイズが大きかったかな……」
「サイズに問題はございません」
甲冑の良さをもっとみんなに知ってもらいたい。そう思ったリラは、まず最初にマデリンに甲冑の装備体験をしてもらった。
遠巻きに見つめる侍女たちは、リラが視線を向けるといちようにさっと目を逸らしてしまう。
「マデリン以外でも、甲冑着てみたい者は遠慮なく言って。なんならプレゼントするよ」
「リラさま。お気遣いだけ、ありがたくいただきます」
壁側に立っている侍女の一人がふるふると首を強くふった。
「それで、リラさまの納得いかないこととはなんです?」
マデリンは身動きひとつせずに、リラに聞いた。
「殿下のお渡りもほぼ毎夜ですよね。なにか、その……ご不満でも?」
呪いのことと、子作りについてはマデリンたちに聞かないように口止めされている。リラは、「不満はない」と答えた。
「ただ、もう少し、殿下の護衛がしたいなとは思う」
リラは、最後にそっと、マデリンの頭に鎧を被せた。
「マデリン、かっこいい……。惚れ惚れしてしまう!」
「………………ありがとうございます」
「みんなも似合うと思うだろ?」と振り返ると、侍女たちはみんな引きつった笑顔で頷いた。
「リラさま。実は今、ナタンさまがお越しです」
「ナタン殿が? 入ってもらって」
侍女が開けたドアの向こうに、ルーカスの側近、ナタン・シェーファーが立っていた。
彼の歳はリラとルーカスの三つ上だ。長い黒髪を後ろにひとまとめにしている。侯爵子息の彼の職は文官だ。
「ごきげん麗しゅうございます。王太子妃さま。……新しい護衛騎士が配属されたんですか?」
「違う。わたしの侍従長のマデリンだ。かっこいいだろ」
「マデリンさまでしたか。ええ。とってもかっこいいです」
マデリンは低い声で、ありがとうございますと答えた。
「リラさま、午前の王妃教育はもうお済みですか?」
ナタンの問いに甲冑姿のマデリンが答えた。
「リラさまの今日の分はとっくに済んでおります。それで今、のような状況です……」
「それは、ご苦労さまです……」
労うようにナタンは、マデリンの鎧をそっと叩いた。
「今日の分がお済みになり次第、執務室に来るようにと、殿下から言伝です」
「ナタンさま。どうぞリラさまを殿下の元へ、お連れして下さいませ。今すぐに。私は、甲冑を片付けたら参ります」
「マデリン。着たばかりではないか。そのまま一緒に行こう」
「お言葉ですが、リラさま。私、一歩も動けません。転べば自力で起き上がれないでしょう。こんな私では護衛どころかただの足手まといです。本来の業務、侍女に戻らせていただきます!」
「ああ、マデリンには重たいか。もう少し、軽量したものを手配……、」
「リラさま。殿下をお待たせしてはいけません。それにやっと、護衛ができるのですよ。さあ、お早く!」
「……わかったよ」
ていよく追い出された気がするが、マデリンの指摘どおり、リラは早くルーカスの傍に行きたかった。そのままナタンと一緒に部屋を出た。
「リラさまもここでの生活に慣れてきたごようすですね」
「うん。マデリンやみんなのおかげで、だいぶ慣れたよ」
「淑女教育と王妃教育、帝王学に古代語学……と少々詰め込みすぎかと思いましたが、すべて順調そうですね」
王妃は外交も多い。リラは、他国や王族についての知識をあらためて受け直していた。
「学ぶことは好きだよ。どの教育も、騎士訓練に通じるものがあったから、いまのところ、そこまで苦労していない」
早く、殿下の護衛につきたかった。その一心で、与えられる試練や試験には集中して取り組んでいた。
今朝のマナー講座でのテストでは、一発で合格した。
リラはきらびやかなドレスを脱ぎ、今は動きやすい男物のシャツと黒いパンツに身を包んでいる、
仕事を手伝うこともあって、重くて場所を取る甲冑は室内業務に不向きだった。短剣を携帯した、最低装備だ。
「なあ、ナタン殿。この城に、術を使える高位貴族はいる?」
術を操れる者は王族か高位貴族の一部の者だけ。特別な加護を持って生まれてくるという。
リラはルーカス以外、会ったことがない。
「この城で殿下以外ですと、宰相のサイモンさまと、王太后のローズさまですね」
「たったの二人だけ?」
「ええ。二人だけです」
ナタンは神妙な顔になると、声をひそめて続けた。
「私は、殿下に呪いをかけたのはサイモンさまが怪しいと思います」
「サイモン殿が? どうして」
宰相のサイモンは、先代のリヒャード王の時から要職に就いている。
「あの方の政策は、どれもすばらしいです。特に治水工事に力を入れておられて、そのおかげで王国の水害は激減しました。一方で、治水工事の労働者への待遇が非道で、人を物のように扱い酷かったとか。冷徹で、情け無用、不要と思えば斬り捨てることで有名です。殿下と考え方が真逆なので、よく意見が割れています」
「そうなのか……」
ルーカスの執務を手伝うようになったのは、先日から。今日で二回目だった。二人が意見を交わしている現場をまだ見ていない。
「殿下は、リラさまに不要な心配をかけたくないと隠されているんでしょうね」
「隠す?……そうか」
オースティン王国の王は孤独だ。弱っていても、臣下の前では気丈に振る舞う。本音は隠すもので、立場上、言えないことも多いと頭では理解している。
――だからこそ、支えて差しあげたいのに。夫婦となり、毎日、顔を付き合わせているのに水くさいな。
ルーカスは自分に対して、もっと心を開いてくれていると思っていた。彼のことを、誰よりも知っているつもりだった。
リラは、もっとがんばろうと思い、両頬をぱんっと手で叩いた。ナタンが驚いて立ち止まる。
「リラ王太子妃? どうされましたか?」
「喝を入れていた」
「独特な喝の入れ方ですね。頬、赤くなってますよ、大丈夫ですか?」
ナタンが心配そうにリラの顔をのぞく。
「自分が許せなくて、力加減を間違えた。……痛い」
「加減を間違えたって、ほんとリラさまはおもしろいですね」
眉尻を下げながらナタンは笑っていたが、ふと視線が横へ逸れた。リラの背後に視点が止まる。後ろを振り向いた。
「新婚のご夫人が、昼間から堂々と殿下の側近と逢い引きですか?」
リラたちに声をかけてきたのは、話題にしていた当の本人、宰相のサイモンだった。
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