第12話 初めての夜は砂糖菓子の味

「ルーカスさまだから正直に白状します。実は、子どもの作り方を知りません」

 ルーカスの顔から笑みが消える。


「……きみの周り、騎士見習いで、男ばかりだっただろ。誰かがそういう話をしていることくらいはあっただろう?」

「騎士は規律に厳しいんです。私語は普段から禁止。うっかり身内の話をして敵に囚われたりして知られれば、脅されますからね。いくら仲間でも、弱みは見せないものですよ」

 特にリラが所属するバーナード騎士団訓練生では、家族の話は、慎重だった。


「きみはワイアットの令嬢だし、そういう話は、騎士見習いたちも避けるのか」

 ルーカスは、リラと肩を並べるように座ると、「お渡りを知らないわけだ」と、納得した顔で頷いている。


「ですから、子作りを延ばしていただいて助かります。次までにはちゃんと調べて、勉強しておきます!」

「調べたらだめ。勉強を禁ずる」

「ええっ!?」

 彼の即答に困惑した。

「では、無知のままでいろと?」

 ルーカスは困ったようすで、眉尻を下げながらほほえんだ。


「今は呪いの調査や王妃教育など、リラもすることが山積みだろ。子作りについては、機を見て教える。というか、私が教えたい。だから、今は自分で調べたり、マデリンや他の人に聞かないで」

「わかった。今は正妃としての振る舞いを覚え、呪いについて調べることに集中するよ」

「うん、そうして。ありがとう」

「わたしとルーカスさまだけの秘密事だね」

 にっと、ほほえみかけると、ルーカスは苦しそうな、複雑な表情を浮かべた。

 手の呪いが痛むのかもしれないと心配になって、「どうした?」と顔をのぞき込むと、顔を横へ、逸らされてしまった。


「手が痛む? それとも、わたしなにか、気に障ること言った?」

「言ってない。大丈夫。こっちの問題だから」

 ルーカスの問題にどこまで口を挟んでいいのかしばらく黙って思案していると、ルーカスがふうっと息を吐いた。


「リラ、一つだけ、いい?」

「はい、なんでしょう?」

「今日、仮とはいえ結婚したんだ。もう少し、お互いの距離を、縮めたい」

 リラは眉間にしわを寄せた。

「殿下とわたしは幼少期からの付き合いだ。お互いのことなら、わかっていると思うけど」

 十代前半は、リラが騎士訓練生になったため、幼少期よりは会う機会が減った。それでも、お互いの誕生日や、公式行事の時には会ってきた。


「幼なじみの関係と、夫婦の関係はまた違うと思うよ、リラ」

「そういうものか?」

「そういうもの。とりあえず、リラ。私と二人きりの時は、私への敬称はなしにしよう」

 リラは目を見開いた。

 まわりに誰もいない二人だけの時、リラはルーカスに敬語を使っていない。それでも敬称は必ず使ってきた。

「殿下を呼び捨てにしろと? 不……」

「不敬罪にならない」

「ち、近い!……ル、ルーカス……!」

「余裕がないリラが、かわいい」

「からかうならもう呼ばない」

 リラはルーカスの胸に手を当てて突っ張った。


「手が、呪いが痛み出したのかと思って心配したのに」

「ごめん、からかいすぎた。嫌わないで」

 ルーカスは苦笑いを浮かべると、リラから離れた。

「嫌わないけど、ルーカスさ……ルーカスって、けっこういじわるだよね」

「形だけとは言え、今日、きみと夫婦になれたんだ。少し浮かれるくらいは許して」

 ルーカスは立ち上がると、リラに背を向けた。


「呪いをかけられ、油断すれば王位は弟のもので、内政も手を抜けない。状況は厳しいままだ。だからこそ、今、好きな人と一緒にいられる瞬間を大事にしたいって思ってる」


 言いながらルーカスはリラの元に戻ってくると、小さな箱を差し出した。


「今日、きみへプレゼントを持ってきた。受け取ってくれる?」

「プレゼント? わたしはなにも用意していない」

「別に、リラはなにも用意しなくていい。きみがいるだけで嬉しいから」

 リラは「ありがとう」と、頭を下げた。


「殿下。なにを持ってきたの? 気づかなかった」

「リラは自分の際どい格好に戸惑っていたからね。その間に隠した」

 思わず寝間着の前を押さえた。その間にルーカスはリラとの距離を詰めてしまった。

「ルーカス、近い」

 心臓がばくばくとうるさくて、ルーカスに聞かれるのではないかと心配になった。

 リラは距離を取りたいのに、ルーカスは縮めてくる。


「リラ、目を閉じて。……うん、あからさまにいやな顔しない。いいから目を閉じて。口を開く」

「口?…………はい」


 リラは、目をぎゅっと閉じた。

 騎士は敵に捕えられ、拷問を受けた時の対処法も習う。聞いた話では、数多ある拷問の中で、歯を抜くのが、とても精神を抉られるらしい。

 ルーカスがそんなことしないのはわかってはいるが、それなりに覚悟を決めてから、口を開いた。


「そのまま、飲み込まないように」と言いながらルーカスはリラの口になにかを入れた。


 甘い味が口の中に広がっていく。咀嚼して、飲みこんでからリラは目を開いた。


「これ、……砂糖菓子コンフィズリー?」


「リラ、好物だろ? たくさんあるからいくらでも食べていいよ」


 ルーカスは、小瓶をリラの手に乗せた。カラフルなコンフィズリ―がぎっしりと詰まっていた。

「これ、全部わたしがいただいていいの?」

「もちろん」


 正直、星々のような宝石や、きらびやかなドレスを贈られるよりも、コンフィズリーのほうが百倍嬉しい。

 リラは、瓶を持ち上げて、どれから食べようかと中身をじっくり眺める。


「やっと、笑った」


 砂糖菓子に目が釘付けだったリラは、はっと我に返った。視線をルーカスに戻す。

 お菓子よりも甘い瞳を向けられていて、リラは顔が熱くなった。


「あ、甘い物は、疲労回復にとても役立つ! 騎士の訓練で死にそうになった時よく食べていて、だからその、ありがとうございます!」

「うん。また持ってくるね」


 好物のコンフィズリ―をもらったリラよりも、贈ったルーカスのほうが笑顔だった。日向にいるみたいに胸があたたかい。リラは、ルーカスの笑顔をもっと見ていたいなと思った。

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