第7話 翡翠の瞳
「殿下が眠っているあいだに、呪いに使われたクレマチスの種子と、割れた陶器の入れ物を調べた。犯人を特定する物は見つからなかったけど、わたしは、誰が犯人でも許すつもりは……、」
「聖騎士リラ殿、ストップ」
「はい、殿下」
リラは口をつぐんだ。
「ねえ、リラ。ここへ刺客が来る前、私となんの話をしていた?」
「……二十四時間体制の護衛のために、政略結婚を承りました」
ルーカスは「二十四時間体制の護衛?」と、目を瞬いた。
リラは騎士の礼をするために、再び片膝をつこうとした。するとそれをルーカスが手で止めた。
「ちょっと待った。リラ、よく聞いて」
「はい。聞きます」
今度は足を揃え、姿勢を正した。
ルーカスは、一度咳払いをすると、真剣な眼差しをリラに向けた。
「昨夜私は、政略結婚のつもりで、きみに妃になってくれとは言っていない」
リラはルーカスの言葉がすぐには理解できなかった。まるで古書に書かれていた文字のような、古代言語に感じた。
「殿下、よくわからない」
だから、素直に伝えた。
「わかった。はっきり言おう。リラ・バーナード。私は、きみが好きだ」
「……殿下、もう一度お願いします。なんとおっしゃいましたか?」
昨晩中庭でした同じ質問を、彼に投げかけた。
「何度でも言うよ。好きです。妃は、リラ以外考えられない。わかった?」
騎士訓練で頭をぶつけた時のように、意識がブラックアウトしそうになった。無理やりつなぎ止める。
ルーカスは、護るべき主君。その彼の妻に自分が選ばれた。しかも政治的理由ではないという。リラは混乱する頭を抱えた。
「派閥争いで優位になるため、護衛のための婚姻なら、理解できる。けど、理由はそうじゃないってこと?」
「私は、きみとの結婚を望んでいる」
「なぜ、わたし?」
――王妃にふさわしい人、ルーカスの隣に立っても似合う美しい令嬢は他にいるはずだ。
きらびやかなドレスなど、一度も着たことがない。常に甲冑姿の自分に、女らしい一面などあっただろうか。
淑女教育も王妃教育も受けていない。姫にはほど遠いリラを妻に選ぶルーカスの好みが、正直、理解できない。
「リラ。突然、私の気持ちを押しつけてごめん。妻になれと言われても混乱するよね。だけど、きみ以外に考えられない」
ルーカスは、リラに向かって手を差し出した。
「王妃は、王に次ぐ重責を担う。自制心や、自尊心、その他にも求められるものは多い。つらい選択をすることもあるだろう。誰でもなれるものじゃない」
紡がれる言葉は誠実で、決して軽いものではない。
安易に受け取ってはいけないと、身動きが取れずに差し出された手を見つめていると、ルーカスはリラの手をつかんだ。
呪いの証が目に留まり、胸の奥で、じりっと焼きついたような痛みが走る。
「騎士として成長していくリラの姿を見て、私もがんばろうと思えた。きみと一緒ならどんな困難も乗り越えられる。私の立場が弱く不甲斐ないせいで今になってしまったけれど、ずっと、王妃はリラと決めていた。本当は昨夜、この気持ちを伝えたくて来たんだ」
繋いだ手はあたたかく、自分を必要としてくれているのが伝わってきた。
ただ、その言葉が、主と騎士としてならもっとよかったのにと、リラは思ってしまった。
「わたしは、ルーカスさまを尊敬しています。殿下の騎士になることを夢見て、ここまで駆け上がってきた。妃として選んでもらえたことは、誉れに思います。ですが……、わたしは、殿下を護ることで精一杯。自分が王妃だなんて、想像もしたことがない。結婚も、考えたことがありません」
リラにとってルーカスは、大切な人。だからこそ、中途半端なことはしたくなかった。息を吸って呼吸を整えてから、再び口を開いた。
「リラ・バーナードは、ルーカスさまのお気持ちに、お応えすることはできません」
リラはゆっくりと、深く頭を下げた。
王子の求めに応えられないなんて、なに様だと思う。だけど、自分の気持ちに嘘はつけない。
「不敬罪とおっしゃられるのなら、甘んじて罰を受けます。それでもわたしは、殿下の騎士として傍に仕えたいと思っております」
「リラ、きみはさっき、呪いを解く手伝いをすると言った。王妃になることを承諾してくれるなら、王妃は、任務や罰と思ってくれてもいい」
どんな仕置きでも受けるつもりだったリラは、ぱっと顔を上げた。
「私の気持ちを知ってもらうのが目的だった。見返りは、最初から期待していない。きみが騎士一筋で、他に興味がないことは知っている。だから、リラの気持ちは尊重したいと思ってる」
彼は、真剣な目で、リラを見つめたまま続けた。
「ただ、私は、やる前からできないと諦めるのが嫌いだ。きみに振り向いてもらえるように努力する。呪いも、邪魔も関係ない。まずは形だけでいい。騎士として、正妃として、私の傍にいて欲しい」
ルーカスは、王道をいく、本物の王者だ。
正妃は、彼の横に立っても遜色がない人がいい。自分では力不足だ。だけど……
リラは、繋がれたままの手をぐっと、握リ返した。
「わたしでは、いたらぬ部分もありますが、殿下の騎士、そして王妃を、謹んで承ります」
自分では不釣り合い。それでも良いと言うのなら、この国を守るという、彼の役に立ちたい。
少しでも手助けができるのなら、不相応でも、リラは王妃という役も務めようと思った。
返事を聞いたルーカスは、ふわりと笑った。
「リラ、私の申し込みを受けてくれてありがとう。きみを妃に迎えられて嬉しい」
朝陽がルーカスの横顔を照らす。彼の瞳は、昔、木登りをした時のように輝いていた。
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