第6話 古代文字の文献

~*~


「リラ、起きて」

 肩を揺すられ、ぱっと目を開いた。


 シーツから顔を上げると、十二年前と比べて幼さが消え、精悍な顔になったルーカスが、リラの顔をのぞき込んでいた。


「殿下、よかった。目を覚ましたんだね」

 看病しながらいつのまにか眠ってしまったらしい。リラは急いで姿勢を正した。


「リラ、今何時? 私はどのくらい寝ていた?」

 ルーカスは頭を押さえながら、窓の外に視線を向けた。空が白みはじめている。


「六時間ほど、寝ていました。もうすぐ夜明けだよ。殿下、どこか痛む場所は?」

「痛みはない。大丈夫だよ」

「本当に? 殿下、無理してませんか? どこか痛いなら言って」


 回復しているように見えるが、呪いの証である蔓の紋様は、消えずにひじの手前で止まっている。また、いつ伸びはじめるかわからない。


「もう、なんともないよ」

 リラを安心させようとしているのか、ルーカスはほほえみながら落ちついた声で言った。

「呪いに、身体が慣れてきたのかな?」

「そんなものに、慣れないで下さい」


 彼に向かって、深く頭を下げた。


「殿下、このたびは、まことに申しわけございませんでした。呪いは、わたしが受けるべきでした。殿下を危険な目に遭わせた責任を取らせて下さい」


 守るべき人に守ってもらうなど、騎士として失格だ。


「私は、リラに会いたくてここへ来た。だから、呪いは自分が招いたこと、私のせいだ。むしろ、バーナード家を巻き込んで悪かった」

 リラは首を横に振った。

「殿下のせいじゃない。呪いという手段を取った相手が悪い」


 悔しさをぐっと呑み込んでから、リラはルーカスに本を差し出した。

「殿下、これを読んでもらえませんか?」

「秘術書? ずいぶん年季が入った本だね」

「父が蔵所から持ってきました」


 バーナード家の別邸は古く、蔵所内は古書と骨董品だらけだ。


「呪いについて、なにかわかるかもしれませんが、古代文字で書かれていて、わたしでは読めない」

 本は、今は使われていない文字で書かれていた。リラやワイアットはわからないが、王族のルーカスは古代文字を習っていて、読める。

 背表紙がぼろぼろの古書を受け取ったルーカスは、ページをていねいにめくりはじめた。


 ――この本に、呪いを解くヒントがありますように……。

 本を読み込んでいくルーカスを見つめながら、リラは願った。

 

「なるほど。毒の効果を利用して呪いを強化するいうことか」

「殿下。呪いの解きかたは、書いていますか?」

 質問すると、ルーカスは本から視線を上げた。


「残念ながら、この本には解呪方法が載っていない」


 ルーカスが静かに閉じた本を、リラはじっと見つめた。

「では、父さんの言うように、呪いを解くには作った術者を見つけ、捕まえて訊くしかないですね」

「そうだね。術者は誰か、調べよう」

「殿下。手に、触れてもいいですか?」

 ルーカスは目を見張った。

「父は、途中から手袋を外していた。わたしが触れても大丈夫ですよね」

 彼は一度、自分の手を見てから、「どうぞ」と差し出した。

「失礼します」 

 頭を下げてから、ルーカスの手に触れた。

 手の甲を指先でそっとなでてみる。凹凸はなく、すべすべだ。植物の蔓の紋様は彼の髪のように金色に輝いている。


「不思議な呪いですね」

 リラはルーカスの右手を両手で包み込むと、自分の額に近づけた。


「助けていただき、ありがとうございました。このご恩、一生忘れません」

 呪いが自分に移ればいいのにと祈りながら、彼の手を強く握る。

「私は、この呪いの対象がリラではなく、自分でよかったと思っているよ」


 驚いて、ルーカスを見た。


「よくない。殿下は王になられるのです。危ないことは次からしないで」


 ルーカスは、眉尻を下げながらリラに本を返した。

 寝台から降りて、窓に近づく。


「難しいことは省くけどおそらくこの呪いは、術を操れる高官が材料を集め、手順どおりに作った物だ。呪いが発動する条件は、呪いたい相手が触れた時。つまり、最初から私が狙いだった」


 リラは眉間にしわを寄せた。


 わざわざルーカスを呪う道具を作らせ、刺客を雇ってまで殿下を亡き者にしようとした。敵も本気だということだ。


「リラ、聞いて」

 相手は誰で、どうやって術者を見つけようかと、下を向いて考えていると、ルーカスがリラの肩に触れた。


「さっきも言ったけど、責任はバーナード家にはない。リラに会いたくてここに来たし、呪いを受けたことも、きみを守りたくて私が勝手にやったこと。リラは気にすることないからね」


 ルーカスは右手を顔の前まで上げて見せると、にこりと笑った。


「この身にどんなことがあっても、私はなにも欠けないし、変わらない。この呪いの紋様も、見ようによってはかっこいいだろ? だからもう、責任を取ろうとしなくてもいいよ」


 ――この人は、どこまで優しいんだろう。

 リラが気にしないように、心を砕いて、気持ちに寄り添おうとしてくれる。


 リラは、ルーカスのやさしさに甘えたくないと思った。彼の右手をぎゅっとつかむ。


「では、助けてもらったお礼をさせて下さい。殿下の呪いを解く、お手伝いをします!」

 ルーカスは目を見開いた。

「リラ。それって結局……」

「わたしに、犯人捜査の指揮を取らせて下さい!」


 絶対に術者を見つける。それが、自分に課せられた使命だ。

 リラは、本気だと伝わるように、ルーカスを見つめた。彼は「困ったな」と苦笑いを浮かべた。

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