第5話 初恋

  またも色々脳の中で整理をしてその場に立ち尽くしていると背後から、

 「あ、福山くーん。おはよー!」という美紀の声が聞こえてきた。

 「おはよー。」と飄々と答える了の声も。


 何か言われたらと思い、恵子は早々に教室に入って席に着いた。

 しかしすぐ後ろから入ってきた美紀に声を掛けられる。

 「福山くんと朝の挨拶?仲いいんだね。小学生のとき……」

 いきなりそう話始められ、戸惑っていると二人の間の席にドカッとカバンを置き、 

 「あー、昨日の飲みすぎた……」そう言って前になだれ込むように洋子が座った。 


 「ちょっとよーちゃん、大丈夫?すっぴん?」

 「寝たの2時だったから……」


 気が付くと恵子は会話から切り離されていた。

 (飲みすぎって……、でも私を助けてくれたのかな?)

 そう思いつつ、教科書やノートを準備した。

 そしてこの日も了の言葉に翻弄される一日となった。


 (日曜日……)


 両親になんて言って出かけよう、万が一気づかれたら……

 先週ほどではないが、色々と考えを巡らしているとあっという間に一日が終わってしまった。


 (断るなら、公衆電話で電話すれば、でも出なかったら、家からこっそり……)


 悶々と考えながら授業を終え、校門へ向かうと、

 「お疲れー!」と後ろから来た洋子に声をかけられた。

 彼女も同じ授業をとっていたのだから、この時間に門近くで会うのは当然だ。


 「お疲れ様です。ふ、二日酔いはもう大丈夫?」と恵子は聞いた。

 「大丈夫、大丈夫、ま、今日もこれから飲まないといけないし。」と笑った。

 (お酒が好きなのね。)そう思って恵子もくすっと笑うと、

 「美紀だけど、悪気とかないと思うんだけど、あの子ミーハーだから、単純に有名人の連絡先聞きたいんだじゃないかと思うから、また聞かれると思うけどそしたら教えられない、ってすっぱり言っちゃった方がいいよ。」と洋子が言った。

 「あ、はい……」

 「あ、ごめん余計なこと言ったね。」

 「そんな、ようこさんって優しいんですね。」

 「いや、別にそういうじゃないんだけど、ケーコちゃんがあまりに動揺してるから……」

 周りから判るほどの動揺具合なのだろうとこの時恵子は悟った。普段目立たなく、地味な恵子だからこそ、そんな彼女がデビュー間近のアーティストと喋っているという状況は、恵子の動揺抜きにしてもそれなりに人目に付くのかもしれない。


 それに今日もだ。了に会おうと言われ、悶々としてたが、周りにも気づかれるほどの動揺をしていたのかもしれない。そう思うと


 「わ、私、今日も動揺してました?そう、見えました?」

 

と思わず洋子に聞いてしまった。

 

「まぁ、朝、福山くんと話してるのみちゃってるのもあるけど……」


 驚きながら洋子がそう答えると

 「これは、早く電話して断らないと……」と恵子が思わず言った。

  (両親も、もしかしたら何か気づかれているかもしれない。)

 「何を断るの?」洋子は恵子の言葉に唖然としつつ、ぽつりと聞いた。

 「日曜にって言われてて」

 「ん?デートの誘い?」

 「で、デートなんて、ただちょっと話を……」

 「デートじゃん。」洋子にスパッと言われてしまった。そして、

 「なんで断るの?」と洋子はぽかんとしながら立て続けに聞かれた。

 

***


 二人は駅前のファミレスに入っていた。


 「え、いや、何話したらいいかわからないし」

 「同級生だったんでしょ?昔の思い出とか?」

 「いや、同級生ではなくて、思い出も……」

 「ん?あいつが嫌いなの?ストーカー?」

 「い、いやいやいや、そういうんじゃなっくて。」

 「じゃぁ好きなんだ。」またも洋子がスパッと言うと

 「好きというか……」

 「嫌いじゃなくて、この動揺だったら好き以外ないでしょ。」

 そう言われると思わず言葉に詰まる。

  「あはは、ごめん、尋問してるみたいになっちゃったね。」

 洋子が笑ってそういうと、少し恵子も落ち着いて

 「ええと、うち、両親がとても厳しくて、外出も行先とか誰に会うとか言わないと駄目で……」

 「はー、厳しいんだね。さっき公衆電話に行ったから、いきなり断るのかって心配したけど、家に遅くなるって連絡したんだ。」

 「はい。もう大学生なんですけど、ずっとそうだったので。携帯も持ってないし。」

 「小学校一緒だったんでしょ。ご両親も福山くんの事知ってたりするの?」

 「……はい、知ってます。でも印象が良くないと思うので……」

 「だから尚更、福山君とデートしますー、なんて言えないんだ。」

 「で、デートではないですが、会うことは……許可してくれないでしょう。」

 「言わなきゃいいじゃん。」悩んでいる恵子に洋子はけろりと言った。

 「え、でも……」

 「日曜日だから学校、は無いか。私と出かけるとかいえば?」

 「え?」

 「うちに来てピアノの練習一緒にするとか。なんでもいいじゃん。」

 「ええと、良いの?」 恵子がそう戸惑っていると、

 「全然。あ、そろそろ行かなきゃ。」そう言って二人は店を出て駅に向かった。

 

 洋子は分かれ際カバンの中から名刺を取り出し、さらさらっと何かを書き加えると、

 「私の携帯。なんかあったら電話して!」と言って恵子に手渡した。

 「あ、ありがとう、でもなんで?今朝も助けてくれたし。」

 戸惑ながら朝の事も思い出し言うと、洋子は振り返り


 「初恋なんでしょ。そういうの素敵ね!良いなって思って。そういうの含めて私ケーコちゃんのファンだから。」


 笑顔を見せ、ドア越しに軽く手を振ると洋子は去って行った。


(初恋……)


 確かにそうだった。あれは初恋だった。そして一生に一度、最初で最後の恋だった。そう思うとまた胸が高鳴り、同時に苦しくなり動揺を隠すため、洋子からもらった名刺を見た。

 手書きで携帯番号を書き加えた名刺には、


ミュージック スナック ちょこれーと

ひろ


と書いてあった。

(す、すなっく……?)

恵子はまた動揺をせずに居られなかった。

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