第4話 KとR
恵子はいつも課題をこなしたり、ピアノの練習をしたりして、週末は殆ど家で過ごしていた。時にはピアノ教室の友人に誘われて演奏会を見に行ったりすることも会ったが、大学に入ってからはその友人とも疎遠となり、母親と買い物に行く程度の外出が主だった。
しかしその週末は違った。家にいる事自体は変わらないが、心の中は家にあらず、母親の手伝いをしつつ、ピアノの練習をしつつ、しかし自室に戻るとノートに挟んであるメモを見ては動揺に襲われた。
kandr7yume@xmail.com
090-1234-5678
連絡して!
メールアドレスを見ながら
(だからKじゃなくてCなのに)と思うと、昔の思い出が蘇り、自然と笑みがこぼれた。
そして同時に、『連絡して!』の一言にも悩んだ。
恵子は携帯を持っていない。電話は家の電話のみ。恵子が電話して万が一出なくて後で折り返しなどもらったら両親に知られてしまうかもしれない。
パソコンもリビングにある家族共有の1台のみ。
普段からメールなど打たない彼女を見て両親がどう思うか。
週末ゴルフなどで不在の多い父もこの日に限って家にいた。
連絡できず、悶々とした週末を過ごし、そしてまた週が明けて学校へと向かった。
***
「金曜大丈夫だった?無事帰れた?」
レッスン室で授業前に予習をしていると、コンコンとノックする音があり、みると入り口ドアの小さな窓から洋子が顔を除かせ、入ってくるなりそう言った。
「あ、うん。ありがとう。バイト、間に合いました?」
「うん、別に時間緩いから全然大丈夫。」
笑顔で答える洋子にすこしほっとしつつ、洋子が教室から出て行かないから何か喋らないとと頭をめぐらせていると、
「謝肉祭、ショパンかぁ。」と言いながら洋子が譜面に目をやった。
「ねぇ、弾いて。私、この曲知らなくて。」
洋子はさらっと言った。まぁ何か喋るより良いかも、と思って頷き、鍵盤に手をのせると、洋子は後ろの椅子に座った。
後ろから見られていると思うと少し緊張するが、発表会もあるし、と集中するとそれほど気にならなかった。
「やっぱり上手いねー。綺麗な旋律。完全に右左別ってううか、併せているっていうか、私もそう弾きたいんだけど、なかなか。」
洋子は大きなしっかりとした指先で譜面をみながら左手を動かしていた。その時、
「田中さん、始めるよー。」
とドアが開き女教師が入ってきた。
「なんで瀬戸がいるの?」
恵子の横の洋子に気づいて一言言った。
「あ、私、ケーコちゃんのファンなんんで。」
そう言って洋子は教師とすれ違うように出て行った。
「ファン居るの?」と山口は思わず恵子に聞いた。
***
学校でまたどこかで会うかもという期待はあったが、だからと言ってまた会った時に何を喋ったらよいか、その姿を探しつつ少し怖い気もしながら学校に通っていたが思いの他、了の姿を見ることはなかった。
学年も科も異なり、とっている授業も違うと、キャンパスの中で出会うのは中々難しい。それにメジャーデビューを控え、そんなに学校に来ている日も少ないのかもしれないと思った。
金曜日になり、連絡できないまま一週間たってしまったとため息をつきつつ教室のある建物に向かうと、入り口の手すりに軽く腰かける了が居た。
「おはよー、ケイちゃん。」
急な登場にびっくりしつつ、
「あ、おはようっ」と挨拶を返した。
「なんで連絡くれないのー?待ってたのに。学校でも中々会えないから待ち伏せ地しちゃったよ。」そう言って笑顔を見せた。
私に待ち伏せなんて、と思いつつ、先週この授業の時に出会っているから、本当に会いに来たのだろうと思うと、連絡しなかった事に申し訳なさを感じた。
「あ、えっと私、携帯持ってなくて、パソコンも家族と使ってるから……」
「あー、そうか……、お父さん、健在なんだね。何となく予想してたけど。」意味ありげにそう言って、了は少しため息をつくように笑った。
「勿論電話取れない時もあるけどさ、着信あっても折り返さないから、できたらしてよ。公衆電話から5分とかでも良いし。」
「あ、そうだね。そうする。」
その手があったかと恵子は思った。
「まぁ5分じゃ話足りないからさ、ちゃんと話したいんだけど、時間ある?」
「えっと今は授業が……」
「俺もこの後授業!で、今日は午後は出ないといけないから無理なんだけど、夜は?」
「あ、夜はちょっと、今日は5限目まであるし……」
「じゃぁ、日曜日は?午前中とか。」
「えっと……、予定はないけど……」そう恵子が言いかけると
「じゃ、日曜日、まだ港南に住んでるよね?じゃ、品川に10時で。」
半ば強引に言うと、了は立ち去って行った。
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