第3話 新しい友達
午後の授業も殆ど頭に入ってこなかった。
気が付くとノートも空白のままで、実技のピアノも集中力が途切れ、暗唱してるはずの曲を何度も忘れて、恵子がまじめな生徒だからこそ先生が体調を心配するほどだった。
こんな日に限って5限目まで……
これほど一日が長く、またあっという間だったことがあるだろうか。
校門に向かってヨロヨロと歩き、何とか家路に付こうとするが、緊張感やら疲れやらで力の入らない足取り歩いていたら、わずかな段差でつんのめってしまった。
幸いに手をついたからケガはないものの、カバンの中のものが飛び出し、眼鏡も落ちていた。慌てて立ち会がり、拾おうとすると
「大丈夫?ケガしてない?」
後ろから声をかけてきたのは瀬戸洋子だった。駆け寄ってきた彼女に
「あ、大丈夫です……」と返事をするものの恥ずかしくなり、急いで散らばった荷物を拾おうとするが、逆に細かいものなどがと飛び出し慌てていると、目の前に眼鏡が差し出された。
「割れてないみたい。良かったね。」
洋子はそう言って他の物も拾い出した。
恵子は眼鏡をかけると自分も他の物を拾い集め、カバンにしまった。
「ちゃんと全部ある?ノートの中も。」
最後に洋子からノートを差し出された。
(了くんのメモ!)
と慌ててノートを受け取って見ると、そこにそのメモはあった。
良かった、と一息つくと、
(私ってば思わず、瀬戸さんの前で……)
動揺を見せたことを恥ずかしく思ったら
「あったみたいね、良かった!にしても気を付けないと。学校中が判るくらいの動揺っぷりだよ。ケーコちゃん。」
美人で大人っぽい印象の洋子がちょっといたずらっぽい感じで笑った。
「あ、すいません……」
「いや、別に謝ることじゃないでしょ。まぁ、誰だってあんなイケメンに突然抱き着かれたら動揺するってーの。あはは。」
そう言って豪快に笑い飛ばした。その笑いにつられ小さくあはは、と答えると
「じゃぁ、私、これで。荷物有難う。」
そう言って恵子は再度門に向かって歩き出した。
洋子も歩き出した。
「ごめん、別に後をつけてるわけじゃないんだけど、私も駅に行くから……」
と、言った。
恵子と洋子だけではない。5限目だから人数は少ないが数名の生徒が同じ方向に向かって歩いている。
「あ、そうですね。」はにかみながらそう言って答えると、並ぶように歩くことになってしまった。
(どうしよう、何か喋った方がいいのかな?お昼も多分助けてもらったし。)
色々考えを巡らすが、何を喋ったら良いか判らないでいると、
「ケーコちゃん、ピアノ、上手ね。私も山口先生だから、たまに聴こえて。今シューマン弾いてるって聞いたけど。」
「あ、うん。謝肉祭のショパン。他にも再会とか……」
と自分で言って墓穴を掘ったなと思った瞬間、急にオロオロしだし、足が震えてきた。
「ちょっとやだ!大丈夫?何?自分で言っときながらいきなりフラッシュバック?」
洋子は驚きつつ、今にも倒れそうな勢いの恵子を支え、
「ちょ、ほんと、いつもはクールなのに、だからこそ急なことに対応できないとか?」
「いや、えっとほんと……」
言葉にならない状態の恵子をみて
「あそこでお茶しよ。ちょっと休憩!」
と洋子が駅前のファミレスを指さした。
***
座って暖かい紅茶を飲むと少し落ち着いてきた。
「落ち着いたみたいね。」
「ほんと、ごめんなさい。」
「いや、良いって。ちょうど1時間くらい時間つぶそうと思ってたし。」
「あ、合コン?だっけ?ごめんなさい、時間間に合う?」
一昨日の会話を思い出し、言うと
「違う違う、私は行かない。私興味ないの。」
と手を横に振って洋子は答えた。
「今日はこれからバイトだけど、まだ時間あるから。」
そう言って目の前のコーヒーを口にした。
興味が無いと言ったが、改めて目の前の洋子を見てみると、本当に美人だった。
少し癖のある黒く長い髪は逆に豪華さを出し、薄化粧程度でもぱっちりとた目とすっとした鼻に華やかさを添えていた。
「あ、瀬戸さんもピアノ、上手ですよね。月光、去年聞きました。すごく迫力があって。」
「ヨーコでいいよ、私も勝手にケーコちゃんって名前で呼んじゃってるけど良かった?」
「あ、はい。」
「ベートーヴェン結構好きなの。はっきりしてて判りやすいじゃん。ロマン派って苦手で。弾きたいんだけど。」そういって笑った。
豪快な彼女の性格らしい。
「ようこさんに合ってると思います。」
「ありがとう、私もそう思ってる。」といって笑うと、思わず恵子も一緒に笑ってしまった。
暫くピアノはいつからやってるかとか、授業の話なんかをして、気が付くと辺りは暗くなり、
「私そろそろいかないと。」
「あ、私も帰らないと……」
と言って店を出て一緒に電車に乗り込んだ。
「じゃぁ、また来週学校で!」
洋子はそう言って別の電車に乗って行った。
***
「ただいま。」
家に帰ると、玄関には父の靴があった。
自分より早く帰るとは珍しい、と思いつつリビングに顔を出すと
「遅いな。」
開口一番そういわれた。
「あ、今日は5限目まであって。」
「それにしても遅かったじゃない。」
母親まで畳みかけるように言った。
「あ、課題で難しいところがあって、と、友達に聞いてたから……」
「お友達?珍しいわね。」
「大学もやっと2年になって友達ができたのか。変な奴じゃないだろうな。」
「そんな、えっと、ベートーヴェンがすごく上手で……」
「男じゃないだろうな?」
「よ、ようこさんって言って、すごく美人で。」
「あら、まぁ、良いじゃない。お友達は大事よ。」
母がそういうと、父はぽつりと
「お前には変な男が寄りやすいから、気をつけなさい。」
そう言った。
「はい……、着替えてきます。」
恵子は俯いてそう言うと自室に戻った。
着替え、カバンの中からものを出す。
そしてノートを開けると、そこには了からのメモがあった。
(考えられないほど、色々あった一日だったな……)そう思った。
メモにそっと手をあて、今日の記憶が再び蘇ってきそうになると、ノートを閉じた。
(お父さんに見られないようにしないと……)
深呼吸をして、着替え、リビングへ向かった。
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