第4話 頼み
にいちゃん、にいちゃん!
バロン、オレのぶんもちゃんと生きるんだ。絶対にあきらめちゃだめだよ。
「うわあああっ!」
嫌な夢を見たのか汗を大量に掻いて目が覚めた。
自分は家の中にいた。木でできた屋根のみ見えて、一瞬自分は人間界に返ってきたのかと錯覚したが、実際にはそうではなかった。自分はベッドの上にいた。窓を見ると今まで自分がいた小屋が見えた。
ぎぃっと古びた音を立てて、年配の男が入ってきた。村長のフォーゲルという男だった。
「目が覚めたな。熱は大丈夫そうか?」
「……」
バロンは警戒した表情でじっとフォーゲルを睨んだ。
「そんな目で見なくて大丈夫だ。君には何もしない」
「なんでオレはここに……?」
「言っただろう、君を小屋に入れておくのは、我々をある程度受け入れるときまでだと」
「受け入れる……?」
「娘のスープを飲んだだろう? ならもうクリアだ。昼食を我々と食べないか? ちょうどできたところだ」
バロンは精神も体も疲労していて、敵であるペストと一緒に食べるなど、と言う気力さえなかった。
居間はあまり広くなかった。羊の毛でできた白いカーペットがおいてあり、その上に木でできた丸いテーブルと椅子があった。テーブルの上には、レシュティと呼ばれるいもをパンケーキのように平べったくしてかりかりに焼いた家庭的郷土料理がのっている。
「あら、おはようございます」
バロンにスープをくれたあの少女がポットを持ってにこっと笑った。
「ケレン! ごはんだ」
フォーゲルは扉から顔を出し、名前を呼んだ。数秒もたたないうちに、あのとき自分に嚙みついてきたペストの少年が転がり込んできた。少年はバロンの姿を見ると、嫌でたまらないと言わんばかりの表情をした。
「だめよ、ケレン。この方は私たちのお客さんなんだから」
「……なにがお客さんだよ、人殺し」
ケレンの言葉にバロンはむっとした。ペストだって、そのほとんどが人殺しのくせに。
「どうぞ、座って」
フォーゲルは椅子を引いて、バロンを座らせた。
食事が始まった。少女とフォーゲルは普通に食べているが、ケレンは絶対にバロンと目を合わせようとしない。
「どうだい、口にあうといいんだがね。そういえば、名前はなんていうんだ?」
ペストに名乗る名なんてない、と以前なら言ったであろうが、今のバロンにそんな元気はなかった。なんだかおかしい。自分がペストに嫌悪を感じないなどと。
「……バロンです。バロン・ファーラー」
「そうか、バロンだな。私の名前はウリ・フォーゲル。これは娘のイデリーナと息子のケレンだ」
「よろしくお願いします」
イデリーナは天使のような微笑みとともに言ったが、ケレンは返事をせず水をすすっている。久しぶりに家族の元に帰ってきたような気分だった。
自分に家族はもういないのだが。
「これからここで暮らしてくれ。君にペストを理解してもらいたいのだ」
「……は?」
バロンは今度こそ怒った。
「殺人者であるお前らをオレが理解するだと……?! お前らはオレの両親と兄を……」
そこで脳裏によみがえったのはイデリーナの言葉。
『確かに私のお母さんは安保隊に殺されたけれど、実際に殺したのはあなたじゃないでしょう? 殺した本人だって命令でやったかもしれない。誰が悪いかなんてそう簡単には決められませんわ』
自分の家族はフォーゲル家に殺されたわけじゃない。こんなのただの八つ当たりだ。急に姿勢が小さくなったバロンに、ウリは言う。
「少しずつでいい。我々はペスト全員の趣味が人殺しというわけではないことを知ってほしいのだ」
バロンは頷きもせず、ただうつむいた。ケレンはしょんぼりした敵をじっと睨みつけた。
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