第3話 少女と少年
バロンは小屋の中で特になにもせず、しばらくじっと座っていた。
おそらくこんな縄なんぞ、まだ隠し持っている安保隊の道具を使えばすぐに切れるだろう。
だが、逃げ出せたとてどこへ行けるのだろうか。外は険しい山。自分では降りることはできない。
後ろの袋にはどうやら穀物が入っているらしい。だから窓もなく、扉にも一切の隙間がない。ペストたちの話し声がざわざわと聞こえるだけで、バロンは退屈していた。
「はいはーい、ここで立ち話するのはそこまでにしてくださいな」
そのとき優しい女性の声がしたかと思うと、扉が開けられて絹のように柔らかそうな灰茶色の髪をもった少女が入ってきた。年齢はおそらくバロンより少し年下くらいだろう。目は鮮やかな緑なので、その人も大地能力者に違いない、と隊員は推測した。
彼女は手におぼんを持っていてその上には湯気が上がっているおかゆと水があった。
「お疲れ様です。お腹空いたと思うので、ごはん持ってきました。どうぞ、召し上がって下さい」
バロンは困惑した。同時に不信感も湧き出た。我々のことを憎んでいるペストたち。毒でも入っているのではないか。
絶対生きることは約束したんだ。家の中で埋もれた兄と。
「やめろっ!」
バロンは激昂して、おぼんを蹴り上げた。おかゆは少女の膝の上に落ちる。
「あ、熱い!」
「あ!」
そこで一人のまだ12歳くらいの少年が駆け込む。
「お前! 姉ちゃんに何しやがるんだ!」
少年は座っていたバロンに飛び込み、めちゃくちゃにひっかいた。
「くそっ! 痛ってえんだよ、ガキ!」
「ケレン! やめなさい!」
少女は叫んだ。
「でも、姉ちゃん! こいつは姉ちゃんを傷つけたんだよ!」
「傷なんてすぐ回復するわ。だめったらだめ」
「……」
しぶしぶと少年は立ち上がった。
「ごめんなさいね、弟を」
少女は申し訳なさそうに言ったが、バロンはなぜかまっすぐに彼女の顔を見れずにそっぽを向いた。そんな彼にケレンはイライラして怒鳴った。
「次、姉ちゃんに何かしたらころすからな!」
「ケレン、なんていう言葉を使うの! ダメでしょ!」
「姉ちゃんのよわっぽち! こいつママを殺した人の仲間だよ! こんなやつなんて死んじゃえばいいんだ!」
「あ、こら! 待ちなさい、ケレン!」
ペストの少女は弟を追いかけていった。バロンは疲れ切った気分でため息をついた。
バロンは次の日もペストが作った食べ物を口にする気はなかったが、体は思ったよりも衰弱していた。夕飯の時間になるころに熱がでた。
呻いて弱った彼をペストの少女が心配した。
「お願いですから食べてください。あなた死んじゃいますよ」
彼女は悲痛な声で口元に温かいスープが乗ったスプーンを押し当てた。
「オレを……殺すのが……目的なんじゃないのか……」
バロンは弱弱しいかすれ声で言った。
「まさか! なんでそんなことしなきゃいけないんですか?」
「お前の母親は……」
「確かに私のお母さんは安保隊に殺されたけれど、実際に殺したのはあなたじゃないでしょう? 殺した本人だって命令でやったかもしれない。誰が悪いかなんてそう簡単には決められませんわ」
「そ……うか」
バロンは美しい笑みを浮かべる彼女の言葉を一つひとつ飲み込んだ。つい意識が緩んだ彼はとうとうスープを受け入れた。
全て飲み終わったあと、彼の意識は暗転した。
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