第2話 山の中の村
しばらく走ったあと、ペストは今度は岩を登り始めた。ただの岩じゃない。あの登山難易度が高いアイガーをだ。登山道具もないのにほぼ垂直にちかい山の壁をすいすいと進んでいくのは、やはりペストが人あらざる者であることが伺える。バロンはバレないように巧妙に銃弾を岩石に引っ掛けて、あとを残していく。
「あー、腹に括り付けて飛ぶほうがよかったかなあ」
ペストは顔をしかめた。
「でも、まあ、いいか」
アイガーの半分まで来たところで、ペストは手のひらを壁にあてた。そのまま手を右に向かって平行に動かすと、ぎぎぎと重い音を立てて岩が動き、人ひとり通れるくらいの隙間が生まれた。
中はずっと続いていて、奥に潜んだ暗黒が外からの光を吸い込んでいる。
「よいしょっと」
ペストは中に入ると、ふたたび岩を閉じた。
一方、バロンはこの状況を驚いていた。まさか山の中にペストの村があることなど、彼___彼の同僚も、誰も予想できていなかった。人工衛星でさえ、彼らの村を見つけられなかったのは当然のことだ。
ペストは数分ほど歩いた。足が床をたたく音のみ周りに響く。後ろを向いていたバロンは気がつかなかったが、洞窟の奥はだんだんと明るくなっていった。
「あー、ついたよ」
バロンは後ろを振り返った。石の壁で囲まれたあまり大きくない空間で、見たこともないような美しい風景が広がっていた。
地面のほとんどは畑であった。緑の、植えられたばかりの小麦が、わずかな風に吹かれて揺れていた。中は全く日の光が入らないので、あちこちに二メートルほどのたいまつが置かれていて、その下には鮮やかな色をした花が咲いている。木も数本立っていて、それはまっすぐ上にむかってのびていた。家々は一か所に密集していて、そこを人が行き来していた。
バロンを運んでいたペストは、手のひらから植物を出し、木の枝に引っ掛けると、そこに向かってターザンのように飛んだ。木から降りれば、柔らかい土が彼らを迎える。
「よお、ハンス。その背負ってるのはなんだ?」
「あー、兵士さんだよ。いつも殺してくる」
その言葉を聞いた周りの人間は全員止まってしまった。
「これは本当に安保隊なのか、ハンス……?」
バロンは一番恐ろしいはずのペストが、人間である自分に恐怖心を抱く様に不機嫌になったが黙っていた。
「なんで連れてきたんだ……?」
「下のほうでさまよってたんだよ。このまま野放しにしてたら危ないから持ち帰ってきたよ」
「銃を奪うだけでよかったじゃないか……」
「こいつの仲間が来て、僕たちの居場所がわかって襲われたらどうするの? まったく、人間は殺しちゃだめだなんてバカみたいなルールがあるから、こんなめんどくさいことしなきゃいけないんだよ。なかったらただ後ろから突き刺すだけで済んだのに」
バロンは思わず冷や汗をかいた。しかし、そんな青年を低い声をもった誰かがたしなめる。
「だめだ、ハンス。人間を殺してしまったら、我々は安保隊と同類の者となってしまう。そいつは我々をある程度受け入れるまで、私の家の小屋にでも入れておきなさい」
「りょーかーい、フォーゲルさん」
ハンスという名の青年はとある家の前に行くと、そこのわきにあったいろいろな袋が詰まった小さな小屋にバロンを放り投げた。そして、そばにあった縄で、彼の腕と小屋の柱をつなぐ。
「くそっ、何するんだ!」
「大人しくしてよ。全くフォーゲルさんが村長でよかったなあ。僕なら確実に君を殺しただろうな。だって、僕の家族は君の組織に殺されたからね。フォーゲルさんだって奥さんが撃たれたんだよ」
「はっ、ペストが被害者面か? オレの兄と両親はお前らペストに生き埋めにされて死んだ。これで満足か?」
言い返してきた隊士にハンスは舌打ちをした。
「いずれにしろお前はここから出られないんだよ。せいぜい大人しくしてるんだな」
冷たい表情でそう言ったのち、ハンスは小屋を出てどこかへ姿を消した。
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