8
家に着くと凛香にお礼を言って車を降りた陽南は真っすぐ自分の部屋へ。そこは警察学校を卒業し寮を出た陽南が事前に引っ越しの準備を済ませていた新居。その為、部屋の中にあるのは段ボールの山だけ。
「ただいまー」
溜息のように吐き出された疲れの溜まったその声は、誰もいない暗い部屋に吸い込まれ消えていった。
靴を脱ぎワンルームの部屋に上がると、電気を付けて上着を脱ぎそのまま床に座り込む。そして制帽と上着を近くの段ボールに置きネクタイを緩めた。ネクタイと共に気持ちも緩んだのか思わず本物の溜息が零れる。家具も何もない静まり返った部屋にその溜息は嫌なほど響いた。
それから少しの間ぼーっとしていたが、空腹がそんな陽南に行動することを命じる。
だがこの家には冷蔵庫も無ければ食べる物も無い。陽南は仕方なく近くのスーパーへ行くことにした。段ボールから簡単な服を取り出して着替えスーパーへ。食べ物と飲み物、簡単な日用品を買い真っすぐ帰宅。
帰ってすぐにご飯を食べようと思ったが先にお風呂を済ませようとまた段ボールを漁る。一日の疲れも洗い流すとまではいかなかったものの少しは気分もスッキリとした――気がした。
そして濡れた髪に首からタオルをかけ壁際に座ると段ボールをテーブル代わりに弁当を食べ始める。
「あっ、冷めてる。でもレンジもないし――まぁ、いっか」
最初の一口目でスーパーで温めたことを思い出した。だが時すでに遅し。仕方なく冷めた弁当を口に運ぶ。
そして二口ほど食べたところで弁当を段ボールに置くとスマホを手に取った。テレビも無く無音な部屋に少し寂しさを感じた陽南はスマホで動画を見始める。画面に流れ始めたのはゲーム実況。陽南自身そこまでゲームをやる方ではないが、動画で見るのは好きで気に入ったゲームがあればグッズなどを買ったりしていた。
そのお陰で一人寂しかった夕食もいつしか寂しさが紛れ楽しい時間へ。
そして弁当を食べ終え最後にお茶でスッキリとした陽南は動画を閉じると立ち上がり、窓際まで足を進めた。外ではすっかり星が輝き始めている。
「そういえば一人っきりの夜って久しぶりだなぁ」
外を見ながら頭に思い浮かんでいたのは辛かったが今ではいい思い出となった警察学校での日々。それから暫く彼女は想い出に浸っていた。
そのお陰か帰ってきた時より元の出た陽南は少しだけでも荷解きをしようと気合を入れた。
だが肝心の収納する家具がない。
「まっ、今度でいっか」
取り敢えず段ボールの山を端に寄せようと動き出す。ただ段ボールを動かすだけの作業は思ったよりすぐに終わり、陽南は再び壁際に腰を下ろした。
そしてお茶を飲みスマホでお気に入りのプレイリストをかけ始める。音楽を聞きながら何もない部屋を見ていると丁度、隣にあった段ボールに『想い出』と書かれていることに気が付き思わず手を伸ばした。
ガムテープを外し中を見るとそこにはアルバムや色々な品々と一緒に懐かしさが箱一杯に詰まっていた。
それらに手を引かれ、まず手に取ったのは高校のアルバム。ページを捲る度にタイムスリップしたように想い出が蘇る。
「懐かしいなぁ」
溢れ出す懐古の情に自然と笑みが零れる。楽しくなり夢中でぺージを捲っていると、アルバムはあっという間に終わってしまった。そのアルバムを仕舞うと他に何かないか段ボールを漁り始める陽南。
「あー! これ優奈が家庭科の時間に作った人形だ。懐かしぃ~。――卒業式の時に貰ったメッセージ入りのバレーボール。キツかったけど楽しかったな。みんな元気かなぁ。――これは大学の時に優奈がくれた優奈のハマってた人のCD。しかもライブ行ってサイン貰っちゃったやつ。この一枚から私もハマっちゃったんだっけ。――あっ、これ……」
次から次へと想い出の溢れるその段ボールは宛ら魔法の箱。
するとその中に紛れるように出てきた一冊の手帳に、陽南は手を止めた。それは落ち着いた色をしたレトロで小さな革手帳。
陽南はその手帳を懐かしそうに、そして愛おしそうに見つめていた。
「これ、あたしが大学入って最初のお姉ちゃんの誕生日にあげた日記帳だ。『五行だから三日坊主にも最適!』って書いてあって日記とか書かないお姉ちゃんにもいいかなって思ったんだっけ」
それは今まで読みたかったけど、読んでしまったら澪奈との別れが辛くなって泣き出すかもしれないと封印するように中を見てこなかった日記帳。
「結局あれからこの手帳の話したことないけど使ってたのかな? メモ帳代わりにでも使ってくれてたら嬉しいけど」
そんな期待を若干込めながら陽南は日記帳を開いた。
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