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『十一月十日。陽南から誕生日プレゼントで日記帳を貰った。今まで日記なんて一度も書いたことがないから何を書いていいか分からないけど、折角貰ったから書いていこうと思う。

 陽南はもう大学に慣れたかな?』


 だが意外にもそこには、一ページ目からちゃんと日記が書かれていた。


「二日後からだけどちゃんと書いてたんだ。ちょっと意外」


 とは言え自分のあげた日記帳が使われてたことに無意識でニヤつく。それに嬉しくなりながら早速ページを捲った。


『十一月十一日。今日も一日中研究をしてたから特に書くことがない。強いて書くならお昼にいつも言ってる食堂でお刺身をサービスしてもらったことぐらい。ここでの仕事はやりあがりがあるし発見も多いからとても楽しい。

 大学は勉強大変だけどそれも含めて遊びとか色々と楽しいから陽南にも大学生活を楽しんでほしいな』

『十一月十二日。……』

『十一月十三日。……』


 日記は意外にも毎日欠かさず書かれていた。陽南の読み通り最大でも五行という少なさが良かったのかもしれない。


『十二月十四日。今日ここへ訪れた人は不治の病にかかっているらしい。だけどもしかしたら私達の医療で治してあげられるかもしれない。明日から色々と調べてみようと思う。多分、これが終わるまで日記は書けないかもしれない。

 陽南も病気とかなく元気にしてるといいけど』


 それから半年ほどの期間が抜け落ち次のページには六月二十四日と記されていた。


『六月二十四日。類似性のある病気があったり運が味方してくれたこともあって思ったより早く治療薬が完成した。あとは経過を見るだけ。このまま異常がなく回復してくれるといいけど。

 仕事が忙しくて暫く陽南と連絡を取れてなかったけど元気にしてるだろうか?』


 ここまで読み進めてみて陽南はあることに気が付いた。


「お姉ちゃん、必ず最後にあたしのこと書いてるじゃん」


 それは澪奈がいつも陽南のことを気にかけていたという証。自分の姉がそういう人だということは分かってはいたが改めて知ると嬉しくもどこか気恥ずかしかった。

 そしてそんな気持ちのままページを捲っては澪奈の日記を読み進めていく。


『十月八日。今日、上から緊急で別の研究を始めろという指示がきた。今の研究は少し置いておき私はその別件に集中することになった。だがひとつ気になることがある。それはあの研究を差し置いてまですべき研究なのだろうか? 別に命に優先順位をつけてるわけじゃないが私はそう感じた。

 今日のお昼に陽南から連絡があった。久々に話せて楽しかった。それに元気そうで良かった』


 それから一年間程は飛び飛びで日記は続いた。少ない行数のお陰かどんどん読み進めていく陽南だったが、色んな事があって知らぬ間に疲労が溜まっていたのだろう、気が付けばいつの間にか寝てしまっていた。

 カーテンから差し込む陽光で腕を枕代わりに床で寝ていた陽南は目を覚ます。寝落ちした事を教えるようにその手には依然と姉の日記帳が握られていた。


「あれ? いつの間に寝ちゃってたんだろう?」


 眠たそうな声で呟きながら体を起こす陽南。そして気持ちよさそうな声と共に大きく伸びをひとつ。

 すると手に持っていた日記帳から何かがひらり落ちてきた。


「ん? なんだろう?」


 その何かを追って陽南の顔は床に向く。

 そこに落ちていたのは裏向きの写真。目線を写真に向けたまま上げていた腕を下ろし日記帳を傍に置くとその写真を拾い上げる。

 そして写真を裏返して何が映っているのかを確認した。

 写真に写っていたのはピースをしながらニッコリ笑う白衣姿の澪奈とベッドに座る病衣を着た無表情の男。


「うそ……なにこれ? どういう……」


 陽南はその男の顔に見覚えがあった。

 だがその写真の光景が信じられず穏やかな朝日とは裏腹に戸惑う陽南。

 その写真の男は――自分を指名したアレクシス・ブラッド。アレクシスの隣で彼に殺されたはずの澪奈は楽しそうに笑っていた。それが陽南を戸惑わせていたのだ。


「何でコイツがお姉ちゃんと一緒に映ってるの?」


 頭に手を突っ込まれ思考を掻き回されたように訳が分からなくなった陽南だったが、写真の笑顔を浮かべた澪奈を見ていると居ても立っても居られなくなり出掛ける準備をすぐに済ませた。黒のパンツスーツ姿に着替えた陽南は段ボールから小さなジュエリーボックスを取り出しその中からネックレスを取り出す。

 それはハリネズミのネックレスで澪奈が好んで付けていたアクセサリー。陽南はそれをつける前にハリネズミを顔の前に持ってきた。


「お姉ちゃんハリネズミ好きだったからなぁ。借りるね」


 そう呟いた後にそのネックレスを首へ。スマホの内カメラで簡単に身なりを整えるとあの写真を手に飛び出す様に家を出た。

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